月の破片 

MOON  AND  GIRL​

お月さまが、太ったりやせたりするのは、どうしてでしょうか?
 それは、お月さまが、太ったりやせたりするたびに、体の一部を地上に落としてしまうからです。
 そんな月を、ルイっトは森を歩きながら眺めていました。不意に、美しいバイオリンの音が聴こえてきて、ルイットは立ちどまります。
 ルイットはその美しい響きに耳を澄ませていました。
 ここは月の森。
 たくさんの月の欠片が落ちてくる森です。
 ルイットが歩く硝子の道には、蒼い輝きを放つ月の破片がキラキラと光り輝いておりました。ルイットはそんな月の破片をしゃがみこみながら拾っていきます。
 お母さんに作ってもらったスカートをたくしあげて、ルイットはその中に月の欠片を入れていくのです。
 月の欠片は、不思議な欠片。
 その硝子のように透き通るそれは、小さな女の子しか手に持つことができません。だから、破片を拾う仕事はルイットにはうってつけ。市場のおじさんは、ルイットが持ってくる月の破片には特に高い値段をつけてくれます。
 それは、硝子職人のお父さんが作ってくれた美しい硝子瓶に秘密がありました。
 女の子以外の人が月の破片にふれれば、月の破片は消えて、なくなってしまうのです。
 月の破片の扱いはとても大変。市場で売られている破片のほとんどが、何かの容器に入っています。 その容器にも、値段がつくのです。
 ルイットのお父さんが作ってくれた硝子瓶は、とびきり美しい容器でした。
 赤に、緑に、青に、黄色。
 それから、色とりどりのステンドグラスや、お魚や、鳥の絵も、お父さんの硝子瓶を彩ります。
 市場のおじさんは、お父さんの硝子瓶をとびっきり気に入っていて、お客さんが1番見やすいお店の真ん前に置いてくれます。
 それから、まぁ、そこからが凄い。
 お店にはあっというまに人だかりが出来て、ルイットの硝子瓶はとびっきり高い値段で売れていくのです。
 月の破片は暗闇で光ります。
 みんな夜を照らす明かりとして、月の破片を買っていくのです。
 月の破片は歌います。
 はらはら。さらさら。
 砂が流れるような心地よい歌声は、赤ちゃんの子守唄にぴったりです。
 赤ちゃんが生まれると、お祝いとして月の破片を贈るのが、この国の伝統でした。
 もちろん、ルイットも自分の月の破片を持っていました。
 今となっては、別の人のものになっていますが。
 ルイットの月の破片は、お母さんの薬を買うためにルイット自身が売ってしまったのです。
 それでも病気のお母さんの薬代は足りず、ルイットは月の森で破片を集める毎日を送っています。
 集めてきた月の破片を砕いて、お父さんが作ってくれた硝子瓶に閉じ込めて、優しい市場のおじさんのところに売りに行くのがルイットの仕事。
 街では同い年ぐらいの子達が楽しげに集まっていますが、ルイットはそれを見つめるだけ。
 だって、ルイットはこの森に月の破片をとりに来なくてはならないのです。遊んでいる暇なんてありません。
 楽しげにダンスを踊る女の子たちを見て、ちょっと悲しい気持ちになったことは秘密です。
 でも、聴こえてくるバイオリンの音が、その気持ちを呼び覚ましてしまいました。
 心地よいバイオリンの音は、まるで子守唄のよう。
 ルイットを優しく包み込んでくれます。
 でも、その音のせいでルイットは悲しみに包まれていました。
 急に破片拾いが辛いことのように思えてしまって、ルイットはスカートから手を離してしまいます。
 バラバラと、無残にも月の欠片が硝子の道に散らばりました。
 ダンスを踊っていた女の子たちも、バイオリンの音に合わせて踊っていたのです。
 もし、お母さんが病気じゃなかったら、私もみんなのように花輪を頭に乗せてくるくると踊っていたでしょうに。
 たった独りで、つまらない破片拾いなんてしていないでしょうに。
 ルイットの心を、様々な気持ちが通り過ぎて行きます。
 悲しみがさらに強くなって、わっとルイットは泣き出してしまいました。
「どうしたの、娘さん。どうしたの?」
 そのとき、声が聞こえました。
 驚いたルイットははっと顔をあげます。
 バイオリンを持った1人の男の子がルイットの目の前にいました。月のように蒼い眼を不安げにゆらして、彼はルイットを見つめてきます。
 あの音は、この子が奏でていたものなのだ。この子のせいで、私は悲しい気持ちになっていたのだ。
 急に男の子のことが恨めしくなって、ルイットは彼を睨みつけていました。
「ちょ、どうしてぼくを睨むのさ?」
 ぎょっと目を見開いて、男の子はルイットに訪ねます。
「あなたのバイオリンのせいで、私は嫌な気持ちになったのよ? バイオリンなんて嫌い。あなたなんて……」
 ふと、悲しげに少年が顔を歪めていることに気がつき、ルイットは口を閉ざしました。
「ごめん、君が喜ぶと思ったんだけど……」
 笑いながら少年はルイットに謝ります。
「いつもがんばって月の破片を拾っているでしょう。でも、何だか悲しそうだから、見ているこっちも辛くなっちゃうっていうか……。でも、余分なことだったみたい。ごめんね」
 持っているバイオリンを抱きしめ、少年は悲しげにうつむきます。彼を傷つけてしまったことに気がついて、ルイットは後悔しました。
 なんてことを彼に言ってしまったのだろう。
 でも、どうして彼は、私のことを知っているのかしら。
「ごめんなさい。でも私、あなたのことが分からないの? どこかで、会ってるのかしら?」
「毎日会ってるのに、分からないかなぁ? うーん。分かるわけないか。でも、君はダンスを踊りたいみたいだから、バイオリンは凄く気に入ってくれると思ったんだけど」
 肩をすくめ、少年はバイオリンを奏でます。
 ぽろん、ぽろんと優しげなバイオリンの音がルイットには寂しげに聞こえてしまいます。でもそれ以上に、ルイットは少年の言葉に驚いていました。
「なんで、私がダンスを踊りたかったって分かったの?」
「だって、毎日見てるから、君のこと……」
 ぽろん、ぽろんと少年がバイオリンを奏でます。その少年のほっぺたが少しばかり、林檎のように赤くなっていました。
 彼は恥ずかしそうに、ルイットから顔を背けます。くすりと、ルイットは思わず笑ってしまいました。
「なんで笑うの?」
「だって、あなたの顔が林檎みたい」
「酷いなぁ」
「ごめん」
「一緒に、踊ってくれれば許してあげてもいいけど……」
 得意げに笑いながら、少年はバイオリンの弓を弄びます。
「でも……」
「帰りながら踊ればいい。こんな風にねっ」
 声を弾ませ、少年はクルクルと体を回し始めました。
 ぽろん、ぽろん。
 優しいバイオリンの音を少年が奏でます。その音に合わせ、少年は軽やかにステップを踏んで見せるのです。
 ぽろん。ぽろん。
「まってっ」
 自分から離れていく少年に、ルイットは思わず声をかけていました。ニッと少年が唇に笑みを浮かべます。ルイットもつられて笑っていました。
 ぽろん、ぽろん、ぽろん、ぽろん。
 少年がバイオリンを奏でます。ルイットはお辞儀をして、体を回し始めました。
 ふんわりとルイットのスカートが翻ります。
 ぽろん、ぽろん、ぽろん。
 そのスカートの動きに合わせて、少年がバイオリンの旋律を刻みます。
 カン、カン、カン。
 ぽろん、ぽろん、ぽろん。
 硝子の道を踏む音と、少年のバイオリンと。
 その音に合わせて、ルイットは体をクルクルと回します。
 ルイットのふくよかな唇からは、自然と笑い声が漏れていました。その笑い声を聞いて、ルイットははっと我に返ります。
 こんなに心の底から笑ったのは、いつぶりぐらいでしょう。
 自分が楽しく笑っていることに驚いて、ルイットは立ち止まっていました。
 お母さんが病気になってから、ルイットは友達と遊ぶこともせずひたすら月の破片を拾う仕事ばかりをやってきました。
 家に帰っても、仕事で忙しいお父さんの代わりに家事を1人でこなさなくてはいけません。
 それなのに、病院にいるお母さんの症状は悪くなるばかり。
 いい事なんて、ひとつもありませんでした。
「やっと、笑ってくれた……」
 少年が小さな声で言います。ルイットは彼を見つめていました。
 バイオリンの演奏をやめ、彼はルイットに微笑みかけていました。
 笑う彼の2つの眼は、まるで――
「いつも君は寂しそうだったから、ちょっと心配だったんだ。でも、大丈夫そうだね」
「あなたは……」
「もう行かなくちゃ。僕の仕事の時間が始まっちゃう」
 そう彼が言うやいなや、激しい風が辺り一帯に吹き荒れました。ルイットはとっさに両眼を瞑ってしまいます。
 風がやみます。ゆっくりとルイットが眼を開けると、もう彼はそこにはいませんでした。
 いえ、彼はきちんとルイットのことを見守っています。
 笑顔を浮かべ、ルイットは空を仰いでいました。
 空には、蒼いお月さまがぽっかりと浮かんでいます。お月さまからは、楽しげなバイオリンの旋律が流れてきました。
 ルイットはその音に合わせてダンスを踊ります。
 クルクル。クルクル。
 回りながら、蒼く輝く月の破片をルイットは集めていきます。
 そのルイットの頭に、美しい月光が降り注ぎました。ルイットの髪を輝かせる月光は、まるで花輪のように可憐です。
 くすりと笑いながら、ルイットはお月さまを見上げます。お月さまは、いつまでも優しくルイットを照らしてました。
 もうルイットは、ちっとも悲しくも、寂しくもありませんでした。

ケモノの物書き堂はナマケモノの一次創作ブログです。創作関連の最新情報はこちらまで。

 

This site was designed with the
.com
website builder. Create your website today.
Start Now