​ ナナ島クロニクル

結界島~空母アカギ~


 「にゃぁ! にゃぁ! にゃあ!!」
 敵をやっつけた。仲間たちの敵をとってやった。
 男の首をボールのように弄びながら、ナナは自分の結界島へと急降下していく。この功績を、早く島にいるママたちに伝えたかった。
 翼を斜めに傾け、降下する。ナナの眼に、緑に覆われた菱形の島が見えてくる。周囲を白い砂で囲まれた島は、見方によっては巨大な船のようでもあった。
 島を囲む砂浜に、ナナは着陸する。ふんわりと柔らかな砂がナナの足を覆い、気持ちよさにナナは眼を細めていた。
 朝陽に照らされ桜色に輝く砂浜。その砂浜に、たくさんの猫たちが寝そべっている。ナナが降りてくると、猫たちはぴんっと耳をたていっせいに飛び起きた。
「にゃー!!」
 男の首を捧げ持ち、ナナは自分の勇姿を飼い猫たちに示す。猫たちは甘えた声を発しながら、ゆっくりとナナに近づいていった。
 がさりと、ナナの猫耳に木々のゆれる音が響いた。
 ナナは、砂浜の奥にあるマングローブの森を見る。マングローブの樹冠を大きくゆらしながら、こちらに泳いでくる生き物がいた。
 馬ほどの大きさを持った巨大な黒猫だ。
「ミヤァン!!」
 きゅるきゅるとした翠色の眼を嬉しそうにナナに向け、黒猫は浜辺へとたどり着く。黒猫はナナに駆け寄り、頭をナナに擦りつけた。ふわふわとした猫の毛が気持いい。ナナは猫の頭に頬擦りをし、うっとりと眼を細めた。喉を鳴らしながら、ナナは猫を撫でてあげる。
 黒猫は気持ちよさげに眼を瞑り、座り込む。ナナは、低くなった猫の背中に跨った。ナナを乗せた黒猫は体を起こし、マングローブの森へと向かっていく。ナナは後方へと振り返る。猫たちがナナたちの後を追い、マングローブの広がる浅瀬へと身を投じていた。
「にゃぁ! にゃあ! にゃあ!!」
 ぽんぽんと男の首を投げながら、ナナは弾んだ声をあげる。緑のマングローブの森を抜けると、そこには巨大な空母があった。
 空母は錆つき、巨大な飛行甲板は緑の木々に覆われている。左舷中央にある艦橋は蔦と蔓に覆われ、すっかり硝子のなくなった窓からは、蝶や蜻蛉がゆらゆらと出たり入ったりを繰り返していた。
 ナナが空を仰ぐと、甲板にいた極彩色の鳥たちがいっせいに飛び立つ。
「にゃ! にゃ!!」
 ナナは嬉々と声を上げ、鳥たちを捕まえようと片手を伸ばす。だが、その手は空を掴むばかりだ。
 空母の乗組員だったパパたちに肩車をしてもらい、鳥を一緒に追いかけたことを思い出す。あの鳥たちは渡り鳥で、パパ達の故郷であるニホンにまでいくのだと、ナナは教えてもらった。
 パパ達は遠い昔、この空母――空母の名前はアカギというらしい。ニホンにある山の名前だそうだ――に乗ってアトランティスにやって来た。
 このアトランティスを攻め滅ぼすために、ドイツやイタリアという国の艦隊とともにパパたちはバミューダ海域にやって来たのだ。
 魔女たちがアトランティスを創って以来、この世界はアトランティスを崇拝する勢力と、アトランティスに対抗する2つの勢力に分たれた。
 そして、世界を巻き込むほどの大きな争いが、その勢力によって2度引き起こされたのだ。この争いを外のニンゲンたちは、世界大戦と呼んでいるらしい。
 その昔、魔女たちは海に結界を張り、潮流と天候を操ることでニンゲンたちの侵入を拒んできた。だが、ニンゲンたちは科学技術を発展させ、魔女たちが操る潮流を超えてアトランティスにやって来るようになったのだ。
 だが、魔女たちは争いを拒んだ。
 多くの魔女たちが殺され、翼猫たちは虐殺された。外の世界に連れて行かれ、奴隷のように扱われた魔女や翼猫たちもいた。
 魔女たちを崇拝する勢力は大いに怒り狂い、世界を巻き込む大戦が始まったのだ。
 パパ達は、もともとアトランティスに対抗する勢力に属していた。だが、アトランティスに暮らす魔女たちはパパたちとの対話を望んだ。
 その姿勢に感化されたパパたちは、アトランティスを守るために戦ってくれたのだ。
 そして、魔女たちに戦うことの必要性を説いた。魔女たちはセフィロトと自分の身を守るために、戦うことを決意したのだ。
 魔女たちが戦いに参戦したことにより、2度に渡る世界大戦に幕が下ろされた。崇拝勢力と対抗勢力の間には休戦協定が結ばれ、アトランティスにニンゲンが一切近づかないという不可侵条約が結ばれた。
 アトランティスを護るため、12隻の空母がこの地に残された。魔女たちはセフィロトを中心に空母を円状に並べ、透明な壁の結界を築き上げたのだ。アトランティスに張られた結界は、魔女と翼猫を閉じ込める籠の鳥といっても過言ではない。
 空母を中核とした結界島が作られ、空母の乗組員たちは魔女たちと結ばれた。
 魔女と彼らの間には、たくさんの翼猫たちが生まれた。アトランティスにいる翼猫の大半は、空母の乗組員たちを父に持つ。
 ナナもその中の1匹だ。
 緑に覆われた空母を眺めながら、ナナはパパたちのことを思い出す。
 ナナという名前もパパたちがつけてくれた。7月に生まれたから、ナナ。7という数字は、とても縁起がいいのだという。
 空を仰ぐ。朝空は、すっかり蒼色に染まっていた。その空を、ナナは零戦や九九艦爆に乗ったパパたちと飛んだものだ。蜻蛉返りを繰り返すパパ達の軌道を真似して、ナナは飛び方を覚えていった。
「にゃん!!」
 巨大な黒猫から飛び降り、ナナは錆びたタラップへと跳び移る。男の頭を捧げ持ちながら、ナナはぽんぽんとタラップを上っていった。
 緑に覆われた甲板にあがると、ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。下草の緑に混じって、オレンジやピンクのハイビスカスが気持ちよさげに風にゆれていた。その花のあいだを蝶がふよふよと飛び交っている。
「にゃん!」
 ナナはその蝶に向かい駆けていた。水色に輝く蝶を掴もうとし、何度も空を掴む。そうしているあいだにも、蝶は優美に空へとのぼっていく。
「なぅ……」
 ナナはがっくりして、飛び去っていく蝶を見上げた。蝶は甲板中央に聳える大樹へと向かっていく。大樹の枝には沢山の超がとまっていた。はっと我に返って、ナナは大樹へと駆けていく。
 蝶は、ナナを迎えに来たママの使いだったのだ。
「にゃう」
 ごめんなさいと、ナナはママに――眼前にそびえる大樹――に謝った。ナナの言葉に応えて、大樹の幹がかすかにゆれる。蔦に覆われた幹は、女の裸体を形作っていた。空高く掲げられた枝は腕の形をしており、その先に葉をつけた梢が生じている。
 幹に穿たれた双眼がナナに向けられる。ナナと同じ蒼い眼は、優しく笑みを形作った。
「にゃぁ!」
 ナナは男の生首を捧げ持つ。ママは寂しげに眼を伏せて、地面を見つめた。枝にとまる蝶たちが、ゆらゆらと地面へと降りていく。
「にゃぁ……」
 ママは、敵の首を埋めろと言っているらしい。ママの言うことが納得できず、ナナは地面の蝶たちを睨みつけた。ナナはしゃがみ込み、しぶしぶ地面に生首を置く。
 下草の生い茂る地面から木の根が出てきて、生首に巻きつく。根は、生首を捉えたまま、地面へと潜っていった。蝶たちが、名残惜しげに穴の穿たれた地面の周囲を飛び回る。
 ナナは、すっかり肩を落としてママの根元を見つめた。ママの根元には、1匹の翼猫が体を丸めて眠っている。
 年頃は12、13ぐらいの少年だろうか。長い黒髪に覆われた彼の頭からは、ナナと同じ艶々とした黒猫耳が生えている。少年の体は、液体が満たされた透明な膜で覆われていた。
 長い睫毛に縁どられた眼は固く閉ざされ、開かれることはない。
「にゃあ……」
 ナナは少年に呼びかける。すると、少年を包む膜が大きく脈動し、表面についた毛細血管を浮かび上がらせた。ナナは少年を覆う膜をぎゅっと抱きしめる。
 少年は、この島に残されたナナの家族の1人だ。ナナの弟で、名をレイという。パパたちが零戦に因んでつけた名前だ。
 ナナはレイを見つめる。鼻梁が高く、彫りの深い顔立ちはママ譲りだ。瞼を開けば、きっとナナと同じ蒼い眼がその下にある。
「にゃう……」
 レイに話しかける。だが、レイを覆う膜が脈動するばかりで、それは到底会話と言えるものではなかった。気落ちして、ナナはしゅんと猫耳を垂らす。
 ナナはレイと話したことがない。レイは生まれたときから、この膜の中で眠り続けている。
 翼猫の中から、雄が生まれることはまれだ。ほとんどは雌猫で、12、13ぐらいになると体とともに心の成長も止まってしまう。そして、数百年の寿命を持つ。
 だが、雄は違う。寿命と、成長がとまる時期は雌猫と一緒だが、彼らの精神は成長を続けていく。
 翼猫の雄猫には、特別な役割が与えられているのだ。そのため、生涯のほとんどを眠って過ごさなければならい。
レイのお仕事を、パパたちは調停者と言っていた。
 調停者はセフィロトと、地球に住む様々な生命との仲立ちをしている。彼らは、セフィロトを介し、世界のあらゆる生命と心を通わせる存在だ。ニンゲンたちはもちろんのこと、彼らは様々な生物と対話し、セフィロトに彼らの意思を伝える。  
 そして、セフィロトの意見を受け取り、その意思をあらゆる生命に伝える役割を担っているのだ。
 地球の生物の魂は、全てセフィロトに起源を持つ。ちょっと昔に、ニンゲンたちはフラスコの中に原初の地球環境を作り上げ、生命が誕生したメカニズムを解明しようとした。
 だが、原初の生命が生まれることはなかったらしい。当たり前だ。そのフラスコの中には、人体を構成する物質しか入っていなかったのだから。
 生命は体と、心たる魂から成っている。どちらが欠けても、命は生まれない。物質が絶えず流動して循環するように、魂もまた流転を繰り返しているのだ。死んだ命に宿っていた魂は、その源たるセフィロトに還り、また新たな魂となってセフィロトから生まれでる。
 生命が誕生するとき、セフィロトは調停者たちを通じてその兆候を探り当て、新たな魂を生成する。セフィロトが枯れることは、即ち魂の消滅そのものを意味しているのだ。
 死んだ姉妹たちの魂は、セフィロトに還りどうなったのだろう。
 ふっと、そんなことを思いナナはママを見上げる。
 大樹であるママも、その昔はニンゲンだったという。かつて、外の世界にはセフィロトの調停者であるニンゲンが数多くいた。その多くが女性であり、彼女たちは神の言葉を伝える巫女や、自然を司る魔女として畏れられた。だが、一部の調停者たちが創った宗教が権力を握り、他の調停者たちを排斥し始めた。
 後に魔女狩りと呼ばれる歴史上の惨禍である。彼らの宗教に属さない調停者たちは魔女と呼ばれ、次々と虐殺された。
 最終的に、権力を握ったその宗教は、セフィロトをも集中に収めようとした。魔女たちはセフィロトを護るため、このアトランティスへと逃れてきたのだ。
 セフィロトからは、魂を構成するマナが常に放出されている。そのマナを長年浴び続け、魔女たちや、その子供である翼猫はニンゲンとは違うものへと変化していった。
 外の世界では、ナナたちのことをセフィロトの守護者と呼んでいる。
 守護者となった魔女たちに、セフィロトはまったく新しい調停者の誕生を望んだ。魔女狩りのような悲劇を繰り返さないため、ヒトではなくなった彼女たちの子供をセフィロトは新たな調停者とした。
 そして、翼猫が産み落とされた。
 雄は調停者としての役割を、雌はアトランティスを護ることを生まれながらに課せられた。現在、このアトランティスには12匹の調停者たちがいる。空母で形作られた結界島に彼らは存在し、その島の代表としてセフィロトと絶えず対話を繰り返している。
 無数にいた調停者がたった12匹になった。その影響により、レイはずっと眠り続けているのだ。
 急に寂しくなって、ナナはレイを見つめる。ナナが悲しげな眼を向けても、レイは応えてくれない。ナナはレイを囲む膜を強く抱きしめる。
 もう、この島にはナナとレイしか翼猫は存在しない。
 みんな、ネフィリムに殺されてしまった。アトランティスを覆う結界の壁は成層圏で途切れている。ニンゲンたちその盲点を突き、宇宙からネフィリムたちを送り込むようになったのだ。
 魔女たちによって簡易結界がアトランティスの上空には設けられている。だが、その結界の間隙を探り当て、ネフィリムはアトランティスへと後下してくる。
 不可侵条約を破り、ニンゲンたちはこのアトランティスを滅ぼそうとしている。
 他島にいる翼猫に会いにいくことは出来ない。ナナがいなくなったら、この島をネフィリムから護る存在がいなくなってしまうからだ。
 ナナは緑に覆われた甲板を見回す。朽ちた戦闘機の残骸が至るところに有り、木々に呑まれながらも辛うじてその形を保っていた。
 大好きだったパパ達が乗っていた戦闘機。そのパパ達もずっと昔に、寿命を迎えて死んでしまった。
 この島で、ナナは独りぼっちだ。
「にゃう……」
 ぽつりと寂しさが鳴き声になる。
 その鳴き声に応えるように、ナナの猫耳に何かがとまった。ナナは頭に手をやる。ナナの頭から何匹も蝶が飛びたっていった。蝶たちはナナの周りをひらひらと巡る。まるで、ナナを慰めようとしているようだ。
 ナナは、後方にいるママを仰ぎ見た。人型の幹についた蒼い双眼が、優しく細められている。とくりと、ナナが抱きしめるレイの膜も小さく振動する。蝶たちは、その振動に応え、ママの枝へと飛んでいく。
 その枝に小さな実のようなものがなっていた。驚いて、ナナは立ちあがる。ナナは翼をはためかせ、枝に近づいた。枝になるモノに近づくにつれ、ナナは笑顔を浮かべていた。
 喜びに眼を煌めかせ、ナナは枝に近づいていく。
 枝に成るモノは、透明な膜に覆われた胎児だった。葉のすきまから溢れる光を受け、半透明な胎児の体が煌めいている。脈打つ小さな心臓と、血管が鮮やかな朱色に染まる。
 ナナの新しい姉妹だ。ナナはそっと胎児を覆う膜に手を伸ばしていた。枝に腰掛け、膜に頬ずりをする。眼を瞑ると温かな鼓動が、頬を伝い感じられる。
 翼猫は魔女とヒトの交わりによって生まれる。ニンゲンの男から精子を提供された魔女は大樹へと姿を変え、翼猫たちが入った羊膜を実のようにならせるのだ。
 大抵の翼猫たちは精子の提供を受けた数ヵ月後に羊膜の実となって、大樹となった魔女の枝に宿る。
 だが、中には気分屋な翼猫もいるのだ。そんな翼猫たちは、姉妹が生まれて何十年もしてから羊膜の実となって誕生する。
 そんな気分屋が自分たちの姉妹にいるとは、思いもしなかった。ナナは喉を鳴らしながら、胎児の膜から頬を離す。
 そっと、膜にキスをして、ナナはママのもとから飛び去っていった。

 

ケモノの物書き堂はナマケモノの一次創作ブログです。創作関連の最新情報はこちらまで。

 

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