​ ナナ島クロニクル

調停者~レイ~

 柔らかな砂の感触が身を包み、ナナは意識を取り戻していた。漣の音が心地よくナナの猫耳に響き渡る。ぎゅっと、地面の砂を握りしめナナは微笑んでいた。
 この砂の感触は良く知っている。アカギを取り囲む、猫たちの砂浜のものだ。ナナはこの砂浜で猫たちとお昼寝をするのが大好きだ。
 ナナが丸くなって寝ていると、猫たちはナナにぴとっと体をくっつけてくる。甘えた鳴き声を発して、ナナにかまってもらおうと頭を擦りつけてくる。
 そうなったらお昼寝どころではない。ナナは大忙しだ。なにせ、浜辺の猫は何十匹もいる。その猫たちが。いっせいにナナに甘えてくるのだ。
 猫たちはナナにご飯もねだってくる。ナナは疲れきった体に鞭打って、いつも猫たちのために魚を獲りに行かなくてはいけない。
 そう、猫たちのために魚を獲りに行かなくちゃ。
 ナナは起き上がろうとする。だが、思うように体に力が入らない。激痛が体中をのたうち回り、ナナは痛みのあまり身を縮めていた。
 声を出そうとすると、気道に溜まった血がナナの口から溢れ出る。それでもナナは手を砂地につけ、ゆったりと顔を上げた。
 ナナは眼を見開く。
 砂浜は赤く彩られていた。飛行甲板が赤々とした炎に包まれているのだ。その炎の灯火に照らされ、猫たちの遺骸がナナの眼に映りこんだ
 体をバラバラに切断された猫。火であぶり殺され、肉を黒く染めた猫。はみ出した腸をで、首を絞められた猫。
 たくさんの猫たちの死体が、ナナの目の前に転がっていた。猫たちの親玉であった大きな黒猫は、かっと眼を見開きマングローブの森の側で横たわっている。猫の首筋には大きな傷跡があり、そこからどす黒い血を砂浜に流していた。
 生き残っている、猫たちはいないのか。
 ナナは夢中になって砂浜に視線を巡らせる。砂地に横たわった猫たちは、1匹たりとも起き上がろうとはしなかった。
 生き残っている猫は、1匹もいない。ナナの眼は熱を持ち、そこから大粒の涙がこぼれ落ちていく。ナナは大声をあげて泣く。だが、泣き声を発するはずの口腔は、血の泡で溢れかえるばかりだ。
 冷たい感触が体を包んでいることに気がつき、ナナは横を見つめた。微笑みを浮かべた海の魔女が、ナナをぎゅっと抱きしめたまま動こうとしない。
 彼女は首に大きな刃傷を負い、事切れていた。眼を歪め、ナナは彼女を抱きしめる。冷たい、死の感触がナナを包み込んだ。
 彼女は海に落ちたナナをここまで運んでくれたのだ。けれど、殺されてしまった。
 猫たちのように、ニンゲンたちが彼女を殺したのだ。
 涙をこらえ、ナナはふらつく体を起こす。翼を動かすと、体中に針で刺されたような激痛が走った。それでも、なんとか飛べそうだ。
 ママたちを助けなければ、ならない。
 死の感傷に浸る間もなく、ナナは燃え盛る甲板へと飛んでいた。



 ひらひらと、炎に煽られ木に吊るされた振袖が舞い上がる。燃えながら飛ぶ蝶々たちが、夜闇を鮮やかに照らす。
 その振袖の乱舞と、蝶の舞の中心に、燃え盛る大樹があった。女の裸体を模した大樹は、体中から紅蓮の炎を吹き上げながら、悲鳴をあげている。
 3匹の白い翼猫たちが、掌から放たれる炎を大樹に向けていた。
 ケタケタと猫たちは悲鳴をあげる大樹を嘲笑う。面白がって、翻る振袖のかかった木々へも炎を向けていく。
 炎はなお一層の激しさを持って、アカギの甲板を紅蓮の色彩で包み込む。
 ようやく甲板へとやってきたナナは、ありえないその光景に自失していた。ふらふらと両羽でバランスを取りながら、ナナは甲板の上を飛ぶ。姉妹たちの美しい振袖が炎に呑み込まれていく。大樹であるママが、悲鳴をあげている。
 仲間であるはずの翼猫たちが、自分たちを攻撃している。
 ナナは白い翼猫たちに鳴き声をあびせる。だが、口からは血泡が流れるばかりだ。
 どうして、憎いニンゲンではなく、同胞の翼猫が自分たちを襲っているのだ。
 ナナの存在に気がついたのか、ママの前にいた1匹の翼猫がナナの方へと振り向いた。
 無邪気な真紅の眼がナナに向けられる。にっこりと彼女は驚くほど整った顔立ちに微笑を浮かべてみせた。他の2匹もナナに振り返り、まったく同じ作りの顔に笑みを浮かべてみせる。
 どしゃりと、ナナは地面に膝をついていた。戦慄がナナの体を駆け抜け、猫耳が震えてしまう。唇が戦慄いて、口腔の血が外へと漏れ出す。
 こいつらは、何だ。
 まったく同じ作りの顔を持つ翼猫なんて、ナナは知らない。こんな残酷なことをしながら楽しそうに笑える化物を、ナナは知らない。
「にゃははは」「にゃうにゃう」「みぃ」
 一緒に遊ぼうよ。彼女たちは無邪気にナナに言い放つ。純白の鳥の羽を広げ、ナナのもとへと飛んでくる。
 ママの悲鳴が聞こえる。そう、ママをこの炎から助けなければならない。けど、ナナは体を動かすことができなかった。自分と同じ姿をした、得体の知れないものが目の前にいる。それは、無邪気な微笑みを向けながら、ナナに近づいてくる。
「にゃあ……」 
 見てみてと、翼猫の1匹が囁いた。ナナは驚いて顔をあげる。彼女たちの手に、小さな球体が握られていた。
 その球体を見て、ナナは眼を大きく剥いた。
 炎に照らされて、球体の膜が赤く照らされる。その中にいる透明な胎児が、朱色がかった虹色の光彩を放っていた。とくとくと、胎児がはいった球体は脈動を繰り返す。
 ナナの妹だ。彼女たちはナナの妹を高くほおり投げては、受けとめる。楽しげに、その行為を繰り返し、ナナに嘲笑を浮かべてみせる。
 やめてと、ナナは叫んでいた。でも、ひゅーひゅーと喉がなり、血泡が口から吹き出てくるばかりだ。
 ナナは涙に濡れた眼を彼女たちに向ける。彼女たちは二イィっと唇を歪め、ぐちゃりとナナの妹を握りつぶした。
 妹を潰した翼猫が、見せつけるようにナナに掌を見せてくる。
 鮮血に染まった白い掌は火にうっすらと浮かびあがっていた。その掌の中央には、歪な形をした胎児が乗せられている。彼女はゴミでも放るかのごとく、その胎児を地面に投げつけた。血を下草に撒き散らしながら、胎児の体がばらばらになる。
「――――――!!」
 ナナは叫んだ。
 だが、大量の血泡がせり上がってくるばかりで、声は出ない。それでも、ナナは立ち上がっていた。頭が沸騰しそうなほど熱い。激痛が体を蝕むが、そんなものは気にもならなかった。
 ナナの左掌にマナが集まる。マナは大鎌の姿をとり、ナナの手に収まった。両手で鎌を振り上げ、ナナは白い翼猫たちに突進する。
「にゃあ!!」
 楽しげに、妹を潰した翼猫が鳴いた。ひらひらと彼女は手を揺らしながら、血のついた手をナナに見せびらかしてくる。ナナはその手がついた腕めがけて鎌を振り降ろす。
 どすんと、鈍い音がした。右肩に違和感を覚え、ナナはそちらへと眼をやる。右肩についているはずの腕が、なくなっていた。
 右肩と腕の接続部分からは、どす黒い血が勢いよく流れている。
 鈍い音がして、ナナは左肩にも違和感を覚える。顔を向ける。肩を離れていく腕が、地面へと落ちていく光景が視界に映りこんだ。
「――――!!」
 口を大きく上げ、ナナは悲鳴をあげる。だが、大きく開けた口からは、どす黒い血が溢れ出てくるばかりだ。
 妹を握りつぶした翼猫の脇に控えていた他の2匹。その2匹がナナの腕を切り落としたのだ。彼女たちは細身の刀身がついた剣を弄び、ナナに微笑みかけていた。
 透明な刀身はナナの血を浴びて、剣呑とした輝きを放っている。彼女たちはクロスさせるように同時に剣を振るう。ナナの脚が胴から切り離される。
悶絶にナナは顔を歪めた。それでも、白い翼猫たちをナナは睨みつける。
 ――殺してやる! 妹のようにぐちゃぐちゃに細切れ肉にして、炎にくべてやる!!
 どしゃりと、ナナは体のバランスを失い、仰向けに倒れ込んだ。手足の亡くなったナナは、芋虫のように血だまりの中をもがく。それでもなお、殺意に燃えた眼を目の前の化物たちに突きつける。
 彼女たちは嗤うのをやめ、ナナを冷たく見下ろしていた。炎の逆光を受けて、柘榴色の眼は冷え切った輝きを宿している。
 中央にいた翼猫が宙に手を掲げた。彼女の掌に光が凝縮し、それは透明な刀身を持った剣へと転じる。彼女は眼を細め、ナナの胸元めがけ剣を真っ直ぐ下ろしてきた。
 ナナは息を飲む。だが、剣の切っ先は胸元に届くことなく動きをとめた。翼猫たちの眼が見開かれる。彼女たちの頭が、体からころんと落ちる。
 首を亡くした胴体は血を噴水のように吹き上げながら、地面に倒れ込んだ。
「勝ったよ、ナナ。僕たちが勝った……。セフィロトは僕たちのものだ……」
 うっとりとした声が、ナナにかけられる。ナナは朦朧とする意識の中、顔をあげた。
 美しい黒髪を靡かせた少年が、ナナに微笑みかけていた。
 ――レイ。
 少年の名を口ずさむが、口腔からは血が吹き出るばかりだ。ナナと同じ蒼い眼を綻ばせ、レイはナナに微笑みかけた。



 

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