​ 魔女と子竜

緋色の舞

 女が見つけたときにはもう、子竜の片前足は腐りきっていたという。その代り、彼女は新たな前足を子竜に与えてくれた。

 義足であるそれを使いこなせるようになった頃には、子竜は女と同居している猫たちとも遊ぶようになっていた。

 毛の長い猫たちは、太古からこの森を守ってきた守護者だという。

 そして、子竜の一族もまたこの森の聖なる泉を守ってきた存在だというのだ。

 すっかり傷が癒えた子竜を女が元の住処に連れて行ったくれたとき、そこは様変わりしていた。

 子竜たちの住処を取り囲んでいた深い森は切り開かれ、住処の側に湧いていた泉の周囲には集落が作られていたのだ。

 遠く巨木の上から、子竜はその様子を唖然と見つめることしかできない。子竜を抱きしめる女は、悔しそうに眼を歪め子竜に言った。

「この森は、太古から神々に捧げられた神聖なる場所だった。人が触れてはいけない聖域なんだ。それを、海の向こうから渡ってきた奴らが変えてしまった。そのせいで、お前のお母さんは殺されたんだ……」

 その夜、人々が寝静まったのを見計らって女は集落に子竜を連れてきてくれた。海の向こう側から渡ってきた人々が造った聖堂の中に、子竜の母がいるというのだ。

 たしかに、そこに母はいた。

 木漏れ日を想わせる蒼いステンドグラスの光に包まれ、母竜の骨は聖堂の壁に埋め込まれていたのだ。

「竜を殺すなんて……」

 子竜を抱きしめる女の声が震えている。顔をあげると、彼女の眼から涙があとからあとから零れ落ちているではないか。

 そっと彼女が腕の力を緩める。子竜は宙へと飛び立ち、壁に埋め込まれた母へと近づいていった。

「ギャン」

 鳴いても骨になった母は応えてはくれない。

 逃げなさいと、自分を逃がしてくれた母。満身創痍になりながらも自分に優しい眼差しを向けてくれた母。

 その母を救うことができなかった。

 ただ、竜は叫ぶ。その咆哮は聖堂を震わせる。やがて悲鳴をあげる子竜の口から煙と共に炎が吐き出された。

 ただただ怒りに突き動かされ、子竜は火を大聖堂に放っていく。

 聖堂は子竜の放つ炎に呑み込まれ、崩れ落ちていった。



 

 気がつくと、泉の周囲に建っていた建物はすっかり姿を消していた。泉の周囲には焼け落ちた廃墟が広がるばかりだ。

 その廃墟の中で、赤く閃くものがある。

 女の緋色の髪だ。紺青の夜闇の中で浮かびあがる緋色は、女が舞うたびに優美に宙へと翻る。

 子竜は廃墟を背に踊る女をぼうっと見つめていた。女の側には母竜の遺骸が置かれ、彼女は円を描くようにその周囲を巡る。

 それは、死したものを慰め、死者の国へと送り出す鎮魂の舞だった。地の底にあるというその国に人々の魂は集い、新たな生命となって土から生まれ変わる日を待つのだという。

 神々の森が侵されていると彼女は言った。

 海の向こうからやってきた異教徒たちが、神の恩寵を受けた森を切り開いているのだと。そのため、森を守ってきた女の一族は彼らに殺されたのだと。

 森を守るため、彼女は生きているといった。生き延びるために彼らから隠れ、切り開かれていく森を見つめることしかできないと彼女は泣いた。

 森を守っていた子竜の母を救うことができず、すまないと彼女は謝った。

 それは違うと子竜は思う。

 母を救えなかったのは自分の責任だ。弱くて小さい自分が悪い。

 彼女のせいではない。自分を救ってくれた彼女のせいでは。

 虚空を見つめる女の眼が、煌めいていることに子竜は気がつく。それが涙だとわかった瞬間、子竜は彼女のもとへと飛んでいた。

 驚く彼女の胸に跳びこみ、彼女の顔を覗き込む。女は涙に濡れた眼を見開いて、子竜に笑いかけてくれた。

 細い女の腕が子竜を抱きしめる。女の胸の中で子竜は静かに目を細めた。

 この人を、救いたい。

 母を助けられたなかった代わりに、せめてこの女だけには笑っていて欲しい。

 だから、強くなりたいと子竜は心の底から思ったのだ。

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