​花吐き少年と、虚ろ竜

竜の頭

Tio estas, de knabo kaj kava drako kraĉ floro filino de la historio de amo.

 りぃん、りぃんと灯花が鳴る。
 花たちの音をメロディに、ヴィーヴォは歌を奏でていた。彼は卵しっかりと抱きしめている。
 竜の姿をとるヴェーロは、花畑に座り彼の物悲しい歌に耳を傾けていた。
 あれから竜の姿に戻った自分は、ヴィーヴォを乗せてこの花畑まで帰ってきた。冷たくなった卵を必死になってあたためるヴェーロに、ヴィーヴォは優しく話しかけてくれたのだ。
 ――卵を弔おうと。
 卵を弔うためにヴィーヴォは歌をうたっている。彼の周囲には星々が集まり、瞬きを繰り返していた。星々はヴィーヴォの眼に吸い込まれ、彼の眼の中で煌めく。
 不意にヴィーヴォの歌声が途切れる。彼は地面に膝をつき、俯いた。
「きゅんっ」
 ヴェーロは頭をさげてヴィーヴォの顔を覗き込む。小さな嗚咽が聞こえて、ヴェーロはヴィーヴォの額を鼻先でなでていた。
「ごめんね……。助けられなくて……」
 冷たくなった卵にヴィーヴォの涙が落ちていく。その涙を見ていたくなくて、ヴェーロはヴィーヴォの頬をそっと舐めていた。
「ヴェーロ?」
 ヴィーヴォが顔をあげる。涙で濡れた彼の眼は、まっすぐ自分に向けられていた。
「僕は、いつか君も殺しちゃうのかな、ヴェーロ?」
 そっとヴェーロの額に自分のそれを押しつけ、ヴィーヴォは囁き続ける。
「君が聖都を破壊したとき、兄さんが君の命を救ってくれた……。僕が君を名前で縛っている限り、君は危険じゃないって聖都の教皇を説得してくれたんだ。その代りに、僕は君と聖都を追放された……。でも僕は、君に守られてばっかりだ……。君を守らなきゃいけないのは、僕なのに……。この子だって、僕が……」 
 彼のあたたかな涙が、自分に降りそそぐ。
 ヴェーロはそっと眼を瞑っていた。
 ヴェーロの体が光に包まれ、少女の姿をとる。眼を開いて、少女の姿になったヴェーロはヴィーヴォに片手を差し伸べた。
「貸して……卵……」
「ヴェーロ……?」
「貸して……ヴィーヴォ」
 ヴィーヴォに微笑みかける。ヴィーヴォは片手で涙を拭ぬぐい、ヴェーロにそっと卵を差し出した。
 ヴェーロの両手に、冷たい感触が広がる。それでもヴェーロはその掌に、かすかな鼓動を感じていた。
 この子は生きている。生きようとしているのだ。
 そっと卵を顔に近づけ、ヴェーロは唇を落とす。生命力を息に託し、ふっとその息を卵に吹きかけてやった。
 それでも卵は冷たいまま。もう一度、卵に口づけをして命を分け与える。
「ヴェーロっ! それは――」
「卵……生きてる……」
 ヴィーヴォの言葉を静かに遮る。
 冷たかった卵がほんのりとあたたかくなっているのを感じ取り、ヴェーロは微笑んでいた。それと同時に、卵が優しい銀の光を放ち始める。
「嘘……。だって、あのとき……」
 驚いた様子でヴィーヴォが立ちあがり、ヴェーロから卵を取り上げる。卵を抱きしめた彼はあんぐりと口を開け、眼からまた涙を零しはじめた。
「嘘……。本当に、あったかい。あったかいよ、ヴェーロ……」
 泣きながら彼は笑い始める。ころんと地面に横になり、ヴィーヴォはぎゅっと卵を胸に抱き寄せた。
「僕がさわったときには、ぜんぜん冷たかったのに……。なんでヴェーロには生きてるのが分かるかなぁ……。ずるいよ、そんなの」
 笑顔をヴェーロに向け、彼は話しかけてくる。彼の胸で輝く卵を見て、ヴェーロはヴィーヴォに跳びついていた。
「ちょ、ヴェーロっ?」
「竜も卵抱っこしたい……」
 ぷうっと頬を膨ふくらませ、ヴェーロはヴィーヴォを睨んでみせる。ヴィーヴォは弾んだ笑い声をあげてみせた。
「やだっ!」
「きゅーんっ!」
 声を張り上げ、ヴェーロはヴィーヴォを抱きしめる。こうすれば、ヴィーヴォもろとも卵を抱きしめることができるのだ。
「ちょ、ヴェーロ……」
 ヴィーヴォの声が震えている。彼に顔を向けると、ヴィーヴォは頬をほんのりと赤らめて顔を逸らしていた。
 ――あぁ、可愛い私の子……。ここにいた……。
 そのときだ。ヴェーロの頭の中で、声が響いたのは。
 同時に、周囲の灯花がいっせいに音を奏で始めた。
「来る……」
 誰かがやって来る。そんな気がして、ヴェーロは呟いていた。
 ヴィーヴォを放し、上空を仰ぐ。蒼く輝く星々が大きくうねり、空から顔を覗のぞかせる巨大なものがあった。
 竜の頭だ。
 ヴェーロと同じ、銀の鱗に覆われた竜の頭が、蒼い眼をこちらに向けてた。
 その頭の先には、巨大な翼と体の陰影が透けてみえる。
「なに……あれ……?」
 ヴィーヴォの唖然とした声が聞こえる。彼に顔を向けると、ヴィーヴォは大きく眼を見開き、竜の首を眺めていた。
 竜が叫ぶ。
 その叫びは轟きとなって、地面を震わせていく。
「ちょ、卵がっ!」
 ヴィーヴォが叫ぶ。
 竜の咆哮とともに卵が浮きあがり、明滅を繰り返しているではないか。卵は物凄い速さで竜の頭を目指して飛んでいく。
「お母さん……?」
 あの竜の頭は、卵のお母さんに違いない。卵を追いかけようと、ヴェーロは背中に生えた翼をはためかせていた。
 そんなヴェ―ロの手をヴィーヴォが引っ張る。驚いて彼に顔を向けると、彼は顔を俯かせヴェ―ロの手を力強く握りしめてきた。
「ヴェーロ……」
「ヴィーヴォ……?」
 ヴィーヴォの眼が縋るようにヴェーロに向けられている。まるでどこにも行かないでくれと訴えるように。
 ヴェーロはそんな彼に優しく微笑んでいた。
 眼を見開く彼の細い体に手をかけ、横抱きにする。
「えっ? ヴェーロ? ちょ、なんでそんなに力持ちなのっ?」
 ショックを受けた様子でヴィーヴォが声をあげる。そんな彼を無視して、ヴェーロは空へとはばたいた。
 花畑の上を、卵が駆けていく。それを追い、ヴェーロは飛ぶ。ヴェーロの翼は明滅する花々を掻き分け、暗闇に銀の筋を描いていく。灯花が宙へと浮きあがり、ヴェーロたちの後を追う。
 花畑を通り過ぎ、ヴェーロは森の上を駆ける。ヴェーロの翼が樹冠をゆらすと、木々に留まっていた星が煌めきを伴って、ヴェーロたちを追いかけてきた。
「凄いっ! みんなついてくるよっ! ヴェーロっ!」
 腕の中でヴィーヴォが歓声をあげる。彼へ眼を向けると、ヴィーヴォは夢中になって自分たちを追いかけてくる灯花を見つめていた。
 そんな彼を見て、ヴェーロは微笑む。
 ヴェーロは翼をはためかせ、上昇する。目前に迫る水晶の峰を滑るように上がっていくと、そこに歪んだ自分の姿が映りこむ。微笑みを浮かべると、水晶に映りこむ歪んだヴィーヴォの鏡像が微笑み返してくれた。
 峰の頂には、巨大な竜の頭と、輝く地球が浮かんでいた。
 卵は、竜の頭の前で浮いている。その卵にひびが入り、硝子が砕けるような音があたりに響き渡った。
 卵から、光球が生じる。それは小さな翼を形づくり、しだいに子竜へと形を変えていく。
「ぎゅんっ!」
 蒼い眼をしばたたかせ、銀色の子竜は鳴き声をあげてみせた。
「生まれたっ! 僕とヴェーロの子供が生まれたっ!」
 ヴィーヴォが満面の笑みを浮かべ、歓声をあげる。
「竜の……子供じゃない……」
「えっ……」
「赤ちゃんのお母さん、眼の前にいる……」
 ヴェーロは竜の頭に微笑んでみせる。大きな蒼い眼を細め、竜の頭は優しい眼差しをヴェーロに送る。
 どうしてだろう。その眼差しに、懐かしさを覚えてしまうのは。
 ――お前もおいで……。ずっと、ずっと探していたよ。私のかわいい娘……。
 頭の中に、またあの声が響き渡る。それが竜の頭の声だと分かり、ヴェーロは眼を見開いていた。
「お母さん……?」
 ヴェーロの言葉に、竜の頭は穏やかな微笑みを浮かべてみせる。
「ヴェーロ?」
 ヴィーヴォが不安げにヴェーロに話しかけてきた。
 ヴィーヴォは震える眼をヴェーロに向け、ヴェーロの首に腕を回してくる。
「中ツ空に、帰りたいの?」
 ヴィーヴォが耳元で囁く。
 消え入りそうな彼の声を聞いて、ヴェーロの心臓は跳ね上がる。ヴェーロは、そっと母親である竜の頭を見つめた。
 残念そうに眼を細め、竜の頭は左右に動く。
 ヴィーヴォを中ツ空に連れていくことは出来ない。そう母はヴェーロに伝えているのだ。
「じゃあ、竜はここに残る……。ヴィーヴォといる……」
 ヴェーロは自分の意思を告げる。驚いた様子で竜の頭は眼を見開き、優しく微笑んだ。
 ――娘をお願いします。
「えっ! なにこの声?」
 竜の首が小さく口を開くと、ヴェーロの頭に声が響く。それと同時に、ヴィーヴォが驚いた声をあげた。
「ヴィーヴォ……竜のお母さん」
「えっ?」
 ヴェーロは母親である竜の頭を指さす。ヴィーヴォは素っ頓狂な声をあげ、竜の頭を見つめた。
「その……いつも、ヴェーロにお世話になっています。えっと、ヴェーロのお母さん……なんですか?」
 ――この子を拾ってくれて、ありがとう。
 優しい声が、ヴェーロの頭の中に響く。ヴィーヴォが穏やかな笑みを浮かべ、ヴェーロに視線を向けた。
「ヴェーロは、僕を暗闇から救ってくれました。それからずっと、僕と一緒にいてくれる大切な女です」
 そっとヴィーヴォは竜の頭へと顔を向ける。
「僕に彼女を授けてくれてありがとうございます。あなたがいたから、ヴェーロは僕の側にいてくれる」
 彼の言葉に、竜の頭は微笑んでみせる。彼女は低い鳴き声をあげ、ゆっくりと星空から首を引き抜いていく。
「ぎゅん!」
 愛らしい声をあげながら、母を追いかけ子竜が飛翔する。
 子竜の後を追い、灯花が螺旋を描きながら昇っていく。その螺旋の中を、蒼く煌めく星が走る。
 それは、蒼い柱となって空へと伸びていく。
 ヴェーロとヴィーヴォは頭をあげ、水底を去っていく虚ろ竜の頭を眺めていた。
 掻かき分けらえていた星々が元の位置に戻り、竜の頭が消える。蒼い柱も光を失い、姿を消していった。
「みんな、行っちゃたね……」
 星空を仰ぎながら、ヴィーヴォが口を開く。
「灯花たちも、森をさまよっていた星たちも、僕たちの卵もみんな……。ヴェーロは、行かなくてよかったの?」
 口元に小さく笑みを浮かべ、彼はヴェーロに問いかける。
「ヴィーヴォは、竜がいない方がいい……?」
 しゅんとした声でヴィーヴォに問い返す。ヴィーヴォは静かに首を振り、ヴェーロに返した。
「僕は、君がいるからここにいられる……。君があのとき降って来てくれたから、僕は君と一緒にここにいるんだ。放したりなんかしないよ、絶対に。ずっと君は、僕といるんだから。僕は、君と一緒にいなくちゃいけないんだから……」
「じゃあ、竜もヴィーヴォといる」
 ヴェーロは微笑んでみせる。ヴィーヴォは驚いた様子で眼を見開いて微笑みを返してくれた。
「ヴィーヴォ……うたって……」
「うん」
 ヴィーヴォは頷いて、歌を紡ぐ。
 美しいアルトの旋律は星々をゆらし、ヴィーヴォの側へと誘っていく。流れ星となってヴィーヴォの周囲に集まった星たちは彼の眼に吸い込まれ、眼の中で輝く。
 ふうっとヴィーヴォが息を吐く。
 吐き出された灯花は、ヴィーヴォたちの周囲を光り輝きながら巡る。 
 ヴィーヴォは輪舞を繰り返す花の一輪を手に取って、ヴェーロの髪に飾かざったヴェーロは銀の髪に差された花に手を添える。
「綺麗だよ、ヴェーロ」
 ヴィーヴォが優しい微笑みを送ってくれる。
 ヴィーヴォに歌のお返しをしなくちゃいかない。ヴェーロは微笑んで、彼の顔を覗き込む。
「ヴェーロ……」
 ヴィーヴォが名前を呼んでくれる。彼は潤んだ眼を伏せ、ヴェーロから眼を逸らす。
 ヴェーロはそんな彼を胸元に抱き寄せ、震える唇に口づけをした。
 眼を閉じて、ヴィーヴォはヴェーロの唇を受け入れる。ヴィーヴォの唇はほんのりとあたたかくて、ヴェーロは心地よさに眼を細めていた。
 少女はしっかりと愛しい少年を抱きしめ、星空に浮かんでいる。
 蒼く輝く地球が、そんな二人を優しく照らしていた。

 

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