​花吐き少年と、虚ろ竜

目覚めと竜骸

Tio estas, de knabo kaj kava drako kraĉ floro filino de la historio de amo.

 子守歌が聞こえる。
 それが、小さい頃に母親が歌ってくれたものであることに気がつき、ヴィーヴォは懐かしい気持ちになった。
 自分を慰めるために珊瑚色が歌ってくれた子守歌。それを奏でているのは、愛しい彼女に違いない。
「おはよう……」
 優しい微笑みを口元に浮かべ、ヴィーヴォは歌をうたってくれる人物に声をかけていた。
 そっと眼を開け、愛しい彼女を抱きしめるために起き上がる。歌をうたってくれるその人を、ヴィーヴォは優しく抱き寄せていた。
「あ、起きたっ?」
「あれ……」
 自分を包み込んでくれるはずの柔らかな胸の感触がない。違和感を覚えたヴィーヴォは、抱きしめた人物を引き離した。
「よ、久しぶり、夜色」
 癖のある青竹色の短髪が眼に入る。歳はヴィーヴォと同じぐらいだろうか。片眼鏡に隠れた翠色の眼を細め、自分に声をかけてきた少年は微笑んだ。
「若草?」
「うん、若草だよ。大きくなっててビックリした?」
「えっと、子守歌……」
「あぁ、君がうなされてたからオレが歌ってました。何か問題ある?」
「……いやぁああああああ!」
「ちょ、夜色っ?」
 さきほどまでの出来事が頭を駆け巡る。あまりの恥ずかしさにパニックになったヴィーヴォは、叫びながら顔を両手で覆おおっていた。
 寝ぼけていたとはいえ、同性の若草色をヴェーロと間違えるなんてどうかしている。そっと指の間から彼を見つめると、彼は意地の悪い笑みを顔に浮かべていた。
「あの……ごめん……その……」
「いや、オレ君のこと好きだから全然気にしてないよぉ」
 ゆったりとした僧衣を纏まとった彼は、ぶかぶかな袖を振りながら平然と返してくる。寝台の縁に両膝を乗せ、彼はヴィーヴォに顔を近づけてきた。
「ちょ、近いんだけど……」
「ワザと近づけてる。君の顔がもっと見たい。手、離して……」
 ヴィーヴォの両手を掴み、若草色はじっとヴィーヴォの顔を眺めてくる。
「なに?」
「いや、成長した夜色はさぞかしポーテンコさんみたいな色男になってると思ったんだけど……。睫毛長いね……。さすがは母親似というか、完全にヒロイン? 父さんが見たら問答無用で押し倒しそう……」
「冗談でも、やめてくれない?」
 若草の言葉に、気分が悪くなる。
 彼の父親は、若草の二つ名を持つ花吐きを輩出する緑の一族の長であり、聖都の頂点に立つ教皇でもある。
 そして教皇は自分のことを――
「君、逃げた方がいいよ。凄く君のお母さんに似てきちゃってる。ガチで貞操が危ない。オレも全速力で君の貞操は守るけどね……」
 ぱっとヴィーヴォの両手を放し、若草は苦笑してみせた。
「その話はやめて……」
「でも、君たち夜色の兄弟は特別だからねぇ。お母さんもそうだけど、お父さんなんて――」
「アレを父親だって思ったことはない……」
 眼を不機嫌に歪め、ヴィーヴォは若草色から顔を逸らす。
 物心ついたときからヴィーヴォは母親と二人きりで過ごしてきた。その母親が自分の父だと紹介したソレを、いまだにヴィーヴォは父として受け入れることができないのだ。
「竜に魅入られた花吐きがそれを言うかねぇ……」
 片眼鏡の奥で、若草の眼が楽しげに煌めく。その眼を見て、ヴィーヴォはますます嫌な気分になった。
 たしかに、ヴェーロを愛している自分は、他の人間とは何かが違うのかもしれない。アレが父親だとすれば、納得できる話だ。
「僕は、人ですらないのかもな……」
「死を司る花吐きが人であることを語ることすら滑稽だよ。ポーテンコさんから夜色の名を継いだ君ならなおさらね」
「その兄さんは、母さんから夜色の名を継いだ。たしかに、僕ら黒の一族は呪われているのかも……」
「呪われてるっていうよりかは、竜に愛されてるように見えるけどねぇ」
 シーツの上に落ちているものを若草は拾い上げる。
 それは竜胆の形をした灯花だった。若草が灯花を振る。りぃんと涼やかな音が、周囲に響き渡った。
「それ……」
「君の竜ちゃんが、君が寂しいだろうって置いていったんだ。君が寝ているあいだ、ずっと歌を口ずさみながらこの灯花を鳴らしてたよ」
 驚くヴィーヴォに若草色は灯花を差し出す。その花をヴィーヴォは受け取っていた。灯花は嬉しそうにりぃんと音を奏で明滅してみせる。
「あの、竜は……?」
 彼女はどこにいるのだろう。急に心配になってヴィーヴォは若草色に訊ねていた。若草の眼がさっと曇る。
「竜ちゃんは……その何ていったらいいのか……」
「ちょ、竜に何があったのっ?」
「ポーテンコさんが……その……」
「兄さんが竜に何をっ?」
 悲しげに眼を潤ませ、若草はヴィーヴォから顔を逸そらしてしまう。そのときだ。部屋の扉が慌ただしく開けられたのは。
 驚いたヴィーヴォが扉へと眼を向けると、肩で息をしたポーテンコがじっとこちらを見つめていた。
「兄さん?」
「助けてくれっヴィーヴォっ! 彼女が、彼女が!」
 ヴィーヴォに駆け寄り、ポーテンコはヴィーヴォの肩を思いっきり掴んでくる。今にも泣きそうな彼の眼を見て、ヴィーヴォは声をかけていた。
「あの、兄さん……何があったの?」
「彼女がご飯を食べてくれないんだっ!」

 

 

 ヴィーヴォたちは竜骸に乗り聖都を目指している最中だった。竜骸とはその名のごとく、空から落ちてきた虚ろ竜の遺骸を利用して造られた乗り物だ。
 水底には虚ろ竜たちの遺骸が降ってくることがある。巨大な遺骸はそのまま水底で大陸や島になり、小さな遺骸は山脈や谷を形成する。
 そして、さらに小さい遺骸を聖都は人形術を要いて乗り物として利用しているのだ。
 ヴィーヴォたちの乗る竜骸は、全身を太い蔓に覆われている。窓や明り取りにあたる部分には水底の地殻を形成する水晶が用いられ、照明には灯花が使われている。
 ヴィーヴォは自身が乗る竜骸の通路を歩いていた。
 蔦に覆われた廊下は、白緑色をした灯花に照らされている。紫陽花の形をした灯花の上には、かすかに表面が歪んだ水晶の明かり窓が並んでいた。
 ヴィーヴォの前方を、ポーテンコが物凄い勢いで駆けていく。
「彼女が! 彼女が!」
「何か、僕の兄さん人格が変わってるんだけど……」
「気のせいじゃ、ないかな……」
 隣を歩く若草にヴィーヴォはぎこちなく声をかける。若草色はヴィーヴォの顔を見つめ、曖昧に笑ってみせた。
 ポーテンコは通路の突き当りにある扉を開け放つ。
 竜骸の背中にあたるそこは、磨き上げられた黒水晶の甲板になっていた。
 その甲板の中央に、柔らかそうな草で作られた大きな巣がある。ポーテンコはその巣へと一直線に駆けていった。
「竜、あんな大きな巣……いつの間に」
「彼女、気を失っていた君をあそこに連れて行こうとして、本当に大変だったんだから。威嚇してくるし、襲ってくるし……。もう、なんなんだよ君の彼女……」
「ごめん……」
 不機嫌な若草にヴィーヴォは苦笑を返していた。おそらくヴェーロは、自分を嫌いな人間たちから守ろうとして、若草色たちを襲ったのだろう。
 あの巣も山奥で暮らしていたときのように二人きりでいたい気持ちの表れ。何だかヴェーロが無性に恋しくなって、ヴィーヴォは巣へと駆けていた。
 その巣の前で、ポーテンコが膝をつき何かを喚いている。巣の中を見ると、竜の姿をしたヴェーロがぐったりと体を丸めていた。
「竜っ! どうしたの?」
「ヴィーヴォ、この子は一体何を食べるんだっ?」
「うわっ!」
 驚くヴィーヴォにポーテンコが縋りついてくる。彼は泣き顔をヴィーヴォに向けながら、大声で叫び続けた。
「光苔も食ないし、糖蜜草や長光草も受けつけない……。文献に載っている虚ろ竜の好物は一通りやったんだっ! それなのに何も食べてくれないっ! このままじゃ彼女はっ!」
「あぁ、兄さん調べ方雑……。虚ろ竜にもいろいろ種類がいるの知ってるでしょ……? 僕の竜は銀翼の一族に所属してて好戦的な性質をしてるらしいんだ。彼女たちの背中にある世界も、それはそれは理想郷とは遠くかけ離れた弱肉強食の世界だそうだよ。まぁ、古文献片っ端から読んでればそのくらい分かるはずだけど……」
「そう……なのか……?」
 唖然と自分を見あげてくるポーテンコに、ヴィーヴォは呆れた眼差しを送ってやる。
「そのくらい兄さんだったら、とっくの昔に調べてると思ったんだけど……」
「いや、彼女は女の子だし、その……」
「竜の好物は生肉ですっ!」
 気まずそうに顔を逸らす兄に、ヴィーヴォは弾んだ声をかけてやる。ポーテンコは弾かれたようにヴィーヴォに顔を向け、眼を吊り上げる。
「こんなにか弱くて可憐な彼女が、肉食なわけがないだろうっ!」
 びしっと弱っているヴェーロを指さし、ポーテンコは叫ぶ。きゅんと迷惑そうに巣の中のヴェーロが鳴く。ぐるぐるとお腹を鳴らす彼女を見つめ、ヴィーヴォは乾いた笑みを浮かべてみせた。
「竜……この人は君を殺そうとしたんだ。お腹がすいたら、がぶっと一思いにやっちゃっていいんだよ……」
「きゅんっ!」
「ちょっと待て! 私を食べて腹を壊したらどうするんだっ? それこそ彼女が可哀そうじゃないかっ!」
 ポーテンコは立ち上がり、ヴィーヴォの体を乱暴に掴んでくる。ずいっと顔を近づけ、彼はヴィーヴォを睨みつけてみせた。
「兄さん……。あなた、この前まで僕の竜を邪魔者扱いして、殺そうとしたよね? どういう風の吹き回し」
「いや、その……」
「それとも、彼女の力を聖都のために利用するつもり?」
 戸惑うポーテンコにヴィーヴォは鋭い眼差しを送る。ポーテンコは気まずそうにヴィーヴォから顔を逸らした。
「始祖の竜に誓って、絶対にそんなことはしない。それに、彼女は……」
 言いかけてポーテンコは口を閉ざす。彼は困った様子でヴィーヴォに顔を向け、ヴィーヴォを抱きしめてきた。
「ちょっ! 兄さんっ?」
「お前も……守ってみせる……。その、無理やり聖都に連れて行こうとして、本当に悪かった……。許してくれなくていい……。でも、お前も彼女も私がちゃんと守ってみせる。それだけは、信じて欲しい……」
 消え入りそうな彼の声を聞いて、ヴィーヴォは眼を見開いていた。
 こんな兄を自分は知らない。彼は本音を言ってくれることなんて少しもなかったのだから。
「兄さん、気持ち悪い……」
「ヴィーヴォ……」
 何だか気まずくなって、ヴィーヴォは兄から顔を逸らしていた。頬がほんのりと熱いのは気のせいだろうか。
「そのヴィーヴォ……話がある」
「なに?」
「聖都についたら、聞いてくれるか?」
「へんな兄さん……別に、いつでもいいよ」
 真摯な眼差しを向けるポーテンコに、ヴィーヴォは苦笑してみせる。ポーテンコは安心したように微笑んで、言葉を続けた。
「さて、彼女の食事なんだが……」
「兄さん、僕のナイフあるよね?」
「あぁ、ちゃんとあるが」
「持ってきてくれない。これから、狩りにいくから」
 不思議そうな表情を浮かべる兄に、ヴィーヴォは得意げに笑ってみせる。
「さーて竜っ! ご飯を食べに行くよっ!
 ヴェーロへと振り返り、ヴィーヴォは彼女に弾んだ声で告げた。
「きゅん!」
 眼を煌めかせヴェーロが巣から体を起こす。翼をはためかせ、彼女は巣から勢いよく飛び立った。

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