​花吐き少年と、虚ろ竜

聖都

Tio estas, de knabo kaj kava drako kraĉ floro filino de la historio de amo.

 星空の下を、竜骸は飛んで行く。竜の姿になって巣の中に蹲っていたヴェーロは、空の星が減っていることに気がついた。
「きゅん……」
「あぁ、聖都が近いんだよ。聖都には花吐きがたくさんいるから、夜空を彷徨う星も少なくなるんだ……。にしても、涼しいな……」
 自分の体に背中を預けたヴィーヴォが、うっすらと眼を開けて応えてくれる。彼が寒そうに体を震わせた。ヴェーロは尻尾を彼の体に寄り添わせる。
「あ……ヴェーロの尻尾……」
 うっとりとヴィーヴォが声を漏らし、自分の尻尾を抱きしめてくる。尻尾に頭を乗せ、彼は気持ちよさげに眼を閉じてみせた。
「そこはかとなく鱗が冷たいんだけど……触ってるとあったかくなってくるから不思議……。あぁ、やっぱり君の尻尾って最高……」
「きゅん」
 すりすりとヴィーヴォが尻尾に頬を摺り寄せてくる。それが何だかくすぐったくて、ヴェーロは眼を細めていた。
「もうすぐ森林限界だって超えるのに、外套も着ないで何やってんだよ、夜色……」
 暗がりの中に好きな方向に生えた青竹色の髪が現れる。片眼鏡をかけた少年が巣の中を覗き込み、ヴィーヴォに笑いかけていた。
「何だよ、若草……」
 ヴィーヴォが不機嫌そうに若草に顔を向ける。若草はにっと口の端を歪め、ヴィーヴォに何かを投げつけた。
「うぁ……」
「これから君は父さんに謁見しなきゃいけないんだ。風邪ひかれたら息子のオレが困るの。外套ぐらい着とけよ」
「あ、ありがと……」
「つーても、持って行ってくれって言ったのは、庭師さんだけど」
「兄さんが……」
 ヴィーヴォは困惑した様子で自分を見あげてくる。投げ渡された外套を抱き寄せ、彼は口を開いた。
「君もいつのまにか兄さんと仲良くなってるし、僕が眠ってるあいだに何があったんだよ……」
「そうだねぇ。竜ちゃんてば、あんなに嫌がって庭師さんにメロメロになっちゃってさ……」
「本当何なの、あの人……。狩りから帰ってきたらいきなり僕の竜に抱きついてくるし、もう殺していい?存在自体がムカつくんだけど?」
 外套を自身の体に巻きつけながら、ヴィーヴォは棘のある言葉を発する。
「きゅん……」
 ポーテンコを悪く言わないで欲しい。ヴェーロはヴィーヴォの体を鼻先でつついていた。そんな自分の顔をヴィーヴォは力強く抱きしめてくる。
「君も君だよ、竜……。僕というものがありながら、他の男、よりにもよって兄さんと仲良くするってどういう了見?」
「きゅーん……」
 眼を歪め困ったと鳴いてみせる。ポーテンコはヴィーヴォを救ってくれた恩人だ。ヴィーヴォのように彼のことを番とは思っていないのに。
 漁村の人間を罰したあと、ヴィーヴォは深い眠りについてしまった。そんな彼と自分を人間たちは竜骸に乗せてどこかに連れ去ろうとしたのだ。
 人間たちはヴィーヴォを自分から引き離して、部屋に閉じ込めてしまった。怒ったヴェーロは竜骸で暴れ、閉じ込められていたヴィーヴォを救い出したのだ。
 救い出したと、思い込んでいた。
 竜骸の一部を壊して囚われていたヴィーヴォを救ったとき、彼の異変に気がついたのだ。
 銜くわえた彼の体は、まるで炎のように熱かった。驚き動きをとめた自分に、ポーテンコが話しかけてきたのだ。
 ヴィーヴォは首筋に負った傷が原因で高い熱をだしている。そこから悪い菌が入り込んでヴィーヴォを苦しめていると。彼に害を加えたりはしない。だから彼の治療をさせて欲しいと、ポーテンコはヴェ―ロに頭をさげてきた。
 その傷が、自分が彼に負わせたものであることすぐに気がついた。
 自分自身のせいで彼が苦しんでいる。その事実を知らされて、ヴェーロは愕然とした。
 人の姿になってヴィーヴォに何度も謝った。でも、ヴィーヴォは目覚めざめず、応えてはくれない。
 混乱して泣きじゃくる自分を、ポーテンコは優しく慰めてくれた。
 ヴィーヴォが苦しんでいるのは君のせいじゃない。だから、彼が治るよう始祖の竜に祈って欲しいとポーテンコは言ったのだ。
 初めてだ。ヴィーヴォ以外の人間に抱きしめられたのは。
 でも、嫌じゃなかった。
 ポーテンコに抱きしめられて懐かしさを覚えてしまったのは、どうしてだろうか。
「竜……」
 ヴィーヴォが不機嫌そうに声をかけてくる。我に返って彼を見おろす。ヴィーヴォは鋭く眼を細め、責めるような眼差しを自分に送っていた。
「君は人間たちにとって危険な存在なんだよ。だから兄さんは君を――」
「あぁ、そうやって自分の恋人を人から遠ざけてるわけね、夜色は」
 巣の縁に両肘を乗せ、若草が呆れた様子でヴィーヴォにぼやく。ヴィーヴォは彼を睨みつけ、不満げに口を尖とがらせた。
「本当のことだろうっ? 聖都の大人たちは――」
「庭師さんは竜ちゃんを攻撃したそうだけど、それって君が一方的に逃げたせいじゃないの? 庭師さんが殺しかけたっていう割には、竜ちゃん凄く元気に見えるんだけど? 竜ちゃんぐらいの大きさの生物なら、あの人の人形術にかかれば瞬殺だよ」
 ヴィーヴォの言葉を、若草の声が遮る。ヴィーヴォは大きく眼を見開いて、ヴェーロを見あげてきた。
「竜は嫌だよね? こんなに人間たちに囲まれて……」
「人になった竜ちゃんはオレのことも若草って親しみ込めて呼んでくれる。オレに君のお守りを頼んだのも、竜ちゃん自身だしね。ついでに言うと、君を治療したのは庭師さん。君、珊瑚色と同じ感染病になりかかってて、本当に大変だったんだから……」
「きゅん……」
 そうだよっとヴェーロは若草の言葉に応えてみせる。
 人間は嫌いだが、ポーテンコや若草たちはヴィーヴォのことを大切に思ってくれている。その証拠に、彼らはヴィーヴォを治療してくれたし、彼の側にいる自分を引き離すようなこともしなかった。
 人間のことはずっとヴィーヴォを虐める悪い奴らばかりだと思っていた。でも、話してみるとそんな人たちばかりではないことが分かったから驚きだ。
「竜……」
 縋るようにヴィーヴォが自分を見あげてくる。彼の弱々しい声を聞いて、胸が痛むのを感じていた。
 ヴィーヴォのことを大切に思ってくれる人たちと仲良くしているだけなのに、どうしてヴィーヴォはそんな眼を自分に向けてくるのだろうか。
「君ってさ、本当に竜ちゃんのこと好きなの?」
 若草がヴィーヴォに話しかけてくる。片眼の奥にある彼の眼が、鋭い光を放っていた。
「何言って……」
「いやオレにはさ、寂しくて寂しくて仕方がない泣き虫の夜色が竜ちゃんに縋っているようにしかみえなくて……。竜ちゃんを縛りつけるのも、恋愛のそれっていうより、夜色の幼い独占欲から来てるようにしか見えない。ほら、大切な友達を独り占めしたいってちっちゃい頃思ったことない? あれと同じ……」
「何で君はいつも、そんなことばっかり言うんだよ……」
「君が自己犠牲が大好きな顔して、実のところ自分のことしか考えてないからだよ。あぁ、オレの側にいつもいる誰かさんと一緒。自分のこと大好き人間。だからあの人は君に執着するのかもねぇ。似た者同士だから」
 ぶかぶかの袖そでをゆらしながら、若草は嘲りを顔に浮かべてみせる。そんな彼をヴィーヴォは静かに睨みつけた。
「誰があんな人と似てるって?」
「似てるも似てるし、ちょーそっくり! だから君を見ていると、とーてもムカつく!」
「あんまり僕を怒らせないでよ。色々と訳が分からないことが続いて、イラついてるんだから……」
「あれ、やる。久しぶりに愛し合っちゃうっ? 泣き虫ヴィーヴォっ!」
「煩いんだよっ! 捻ひねくれマーペリア!」
 ヴィーヴォが立ちあがり、腰に差したナイフへと手をかける。若草は口の端を厭らしく持ち上げ、歌を紡いでみせた。
 テノールの落ち着いた旋律が甲板に満ちる。ヴィーヴォはヴェーロの尻尾を飛び越え、巣の縁に手をかけた。甲板に降りたった彼は、ナイフを抜き放ち若草へと肉薄する。
 ヴィーヴォは袈裟懸けにナイフを振るう。ダボついた裾でナイフの刃を跳ね上げ、若草はヴィーヴォの脇へと跳んでいく。
 ヴィーヴォに嘲りの眼差しを送りながら、若草は紡ぎ歌を奏で続ける。彼の眼に夜空に瞬いていた星が吸い込まれ、若草の体が淡く光る。
 そんな若草にヴィーヴォは肉薄していた。ヴィーヴォの周囲で銀の粒子が閃く。ヴェーロの鱗を彼が宙に放ったのだ。銀色に輝くヴェーロの鱗は、小さな竜の形をとって若草に襲いかかった。
 ふっと若草が息を吐く。そこから生じた紫陽花の灯花が、いっせいに花びらめいた額を散らしてみせる。それは鋭い刃となって、鱗でできた竜たちへと襲いかかった。
 竜を構成していた鱗が飛散し、舞い散る鱗がヴィーヴォの頬を切り裂く。ヴィーヴォは顔を歪めながらも、紡ぎ歌を奏でていた。
 そんなヴィーヴォの紡ぎ歌を追うように、若草が低い歌声を奏でる。二人の少年の声は輪唱となって甲板に響き渡っていく。二人の眼に星が吸い込まれてき、同時に彼らは花を吐いた。
 ヴィーヴォの吐いた黒薔薇と若草の吐いた緑色の薔薇が、蔦をうねらせながら甲板を走る。
「きゅんっ!」
 このままじゃいけない。
 二人の戦いを見ていたヴェーロは巣から飛び出していた。
「竜っ!」
「竜ちゃんっ!」
 彼らの声が重なる。甲板を低空飛行しヴェーロは薔薇の間へと割って入っていた。ヴェーロの体は光に包まれ、少女の姿を取る。
「駄目だめっ! やめてっ!」
 ヴェーロは二人の少年に向かって叫ぶ。
 茨と化した薔薇たちは、とまることなくヴェーロめがけ肉薄していく。ヴェーロは空へ逃れようと翼を翻す。そんなヴェ―ロの足を茨が捕らえた。
「ヴェーッ!」
 ヴィーヴォの叫ぶ声が聞こえる。瞬間、その声は空を切る鞭の音によって遮られた。
 ヴェーロが辺りを見回すと、褐色の枝が自分を守るように周囲に張り巡らされているではないか。その枝は、襲いかかる茨たちを薙なぎ払っていく。
 遠方で爆音がする。
 翅を生やした人形たちが、火球を放って茨を焼き払っていた。
 ポーテンコの操る人形たちだ。その人形の一体がヴェーロのもとへと飛んでくる。
「あっ」
 人形はヴェーロを優しく抱き上げ、上空へと飛びあがった。
 自分を抱いた人形へと茨が襲いかかる。だが、それを他の人形たちが火球で焼き払っていく。
 ヴェーロを横抱きにした人形は上昇を続ける。人形が目指す先に、翅を生やした木鹿が浮いていた。それにポーテンコが横乗りしている。
 人形はヴェーロをポーテンコへと差し出した。きょとんとポーテンコを見つめるヴェーロに、彼は優しく微笑みかける。そっとヴェーロを抱き寄せ、ポーテンコはヴェ―ロの顔を覗き込んできた。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫……」
「よかった……」
 ヴェーロの頭を抱き寄せ、ポーテンコはため息をつく。彼の気持ちを察したのか、木鹿が捻じれた顔をこちらへと向けてきた。
「兄さんっ! 竜はっ?」
「黙れ、ヴィーヴォっ!」
 ヴィーヴォの声をポーテンコの怒声が一蹴する。びくりと肩をゆらし、怯えた眼差しをヴィーヴォはヴェーロたちに送ってきた。
「お前は、彼女を殺す気なのか?」
「違うっ! 僕は――」
「私は大切なものを傷つけるために、お前に人形術を教えたわけじゃないっ!」
「あ……そんな、つもりじゃ……」
「もういい。もうすぐ聖都に着く。さっさと部屋に戻って支度をしていろ……。私は先に聖都に行かせてもらう。若草、ヴィーヴォと一緒にこの竜骸の操縦を頼めるか?」
「えぇー、悪いのヴィーヴォなのに……めんど――」
「花吐き同士の争いはご法度だと君の父上も言っておられるぞ。今、ここで起きたことも彼の耳に入れておかなくては――」
「やりますっ! ほんとごめんなさい庭師さんっ! 俺と夜色が悪かったですっ!」
 ぶかぶかの袖を振り上げ、若草は笑顔をヴェーロたちに向けてくる。彼は立ちつくすヴィーヴォに駆け寄り、慰めるようにその肩を叩いていた。
「君も私と一緒に来てくれるね?」
 ポーテンコがヴェ―ロの顔を覗き込みながら訪ねてくる。ヴェーロは顔を曇らせていた。
「ヴィーヴォは?」
「大丈夫、ちゃんとあとから来るから。しばらく、私と一緒に聖都でヴィーヴォを待とう。それとも私と一緒は嫌かな?」
「ちょっと兄さんっ?」
 ヴィーヴォの大声が聞こえる。驚いて甲板へと眼を向けると、ヴィーヴォがこちらへと眼を向け、ポーテンコを睨みつけていた。
「お前は彼女に何をしようとした、ヴィーヴォ……?」
 静かにポーテンコはヴィーヴォに言葉を返す。その声にヴィーヴォは怯えた様子で眼を震わせた。
「彼女を危険な目に合わせた罰だ。聖都につくまで若草と一緒に頭を冷やしていろっ。教皇への謁見が終わり次第、彼女は返してやるっ」
 吐き捨てて、ポーテンコは木鹿の腹を蹴っていた。鹿は低く嘶いて、竜骸から背を向ける。
「ポーテンコ……ヴィーヴォは……」
「わかっているよ。だが、ヴィーヴォは君を傷つけようとした。私が、そうしたようにね……」
 そっと眼を伏せ、ポーテンコはヴェーロを抱き寄せる。
「本当に、あのときはすまなかった……」
 今にも泣きそうな彼の眼がヴェーロに向けられる。そんな彼が放っておけなくて、ヴェーロは彼の頬を優しくなでていた。
「竜……?」
「なんだろう……。ポーテンコは嫌じゃない……」
 彼がヴィーヴォの兄であるせいだろうか。こうして側にいると、不思議と安心している自分がいるのだ。そっとポーテンコの胸に体を預け、ヴェーロは眼を瞑ってみせた。
 ヴィーヴォのように彼から花の香りはしない。でも、不思議と懐かしい香りがポーテンコからはする。
「よかった。君は私の側にいてくれるのだな……」
 頭をなでられてヴェーロはポーテンコの顔を見あげていた。優しく眼を細める彼を見て、思わず顔が綻んでしまう。
 微笑み合う二人を乗せ、木鹿は竜骸を離れていく。
「ほら、あれが聖都だ」
 ポーテンコが水晶の山脈を指さす。ひときわ峻厳と聳え立つ山の頂に、ヴェーロは信じられないものを見た。
 それは巨大な竜の遺骸だった。
 山の頂には巨大な湖がある。竜骸はその中央に浮いているのだ。
 竜骸は水晶でできた骨の羽を広げている。その骨の中に星々が吸い込まれていくのだ。骨の隙間は無数の巨木と蔦うたで覆われ、結晶の花弁をもった灯花がその上に咲き誇る。
 水晶の骨の中を行き来する者がいる。それが僧服を纏う少年たちであることに気がつき、ヴェーロは眼を見開いていた。僧服を纏った少年だけではない。
 鮮やかな衣装に身を包んだ若々しい女性や、老紳士。小さな子供たちも水晶の骨の中を行き交い、骨の内部に吊るされた灯花の照明がその人々を照らし出している。
 中でも面白いは、ヴェーロが森で仕留めたのと同じ種類の鹿たちが荷を引き、人を乗せていることだった。どうも骨の中には街が広がり、そこに引かれた水晶の石畳の上を人々は通っているらしい。
 竜の遺骸の足元には、坂が広がっている。坂の両脇にある断崖には洞窟が穿たれ、その洞窟の入り口は色とりどりの鉱石で飾られた壁によって仕切られていた。
 洞窟からは絶えず煙が昇っている。その煙を巻くように、巨大な鉄製の水車や歯車が断崖に埋め込まれて ゆっくりと蠢いていた。巨大な歯車たちは、竜の遺骸の背後にもその姿を確認することができる。
 坂には石英でできた半円形の家屋が立ち並び、その家屋の前に市場が立ち並んでいた。市場を行き交う人々は、鹿に革袋を括りつけたくさんの果実や野菜、鉱物をその中に載せて運んでいる。
 坂の終わりには大きな広場があり、大小たくさんの竜骸がその広場を行き交っていた。
「アレは……なに?」
「あれが聖都だよ。あの巨大な竜の遺骸は君たちの、銀翼の一族の女王のものなんだ。そして、あそこは君の故郷でもある」
「竜の故郷……?」
 巨大な竜の遺骸を見つめながら、ヴェーロは眼を見開いていた。
 自分に聖都で過ごした記憶はほとどんどない。覚えているのは、ヴィーヴォが閉じ込められていた暗い霊廟と、ヴィーヴォから引き離されて過ごした冷たい牢獄だけだ。
 何より、聖都にいた頃の自分はヴィーヴォの頭よりも小さかった。聖都を追放されるときも、布を被せられた檻に入れられてヴィーヴォと共に集落に追放されたのだ。
「お帰り、愛しい人。君は故郷に帰ってきたんだよ」
 そっとポーテンコがヴェーロの髪を梳いてくれる。彼はヴェ―ロの顔を覗き込み、優しく微笑んでみせた。

 


「竜……竜……」
「いいらさ、もう支度しなよ。竜ちゃんには聖都に着けば会えるんだから……」
 ヴィーヴォは方位の描かれた床に力なく手をついていた。そんな自分に若草が優しく声をかけてくれる。彼はしゃがみ込み、いたわるようにヴィーヴォの肩を抱いてみせた。
「支度ならもうした……竜……」
 漆黒の法衣に身を包んだヴィーヴォは、涙に濡れた眼を若草に送ってみせる。若草は顔を引き攣らせ言葉を続けた。
「本当、君ってさ、竜フェチの変態に成長しちゃったよね……。まぁ、人型の竜ちゃんを見れば気持ちも分らんでもないが、さすがに竜の姿をした竜ちゃんに愛を注ぐのは……」
「好きなものは好きなんだから、しょうがないんだっ!」
 泣きじゃくりながらヴィーヴォは床に顔を押しつける。
 ヴィーヴォの脳裏にポーテンコに抱かれたヴェーロの姿が浮かぶ。微笑み合う二人は、本当にお互いを信頼し合っているようだった。
 自分以外の男にヴェーロが心を許している。それもよりによって嫌いな兄にだ。そして、そんな彼女を自分の過失から傷つけようとした事実が、何より受け入れがたかった。
「僕が……君に変な喧嘩さえふっかけなければ、竜は兄さんとなんか……」
「さすがにあのお堅いポーテンコさんに、ロリ竜フェティシズムなんて特殊な性癖はないと思うよ……」
「なにその性癖……?」
 若草の奇妙な言葉に、ヴィーヴォは顔をあげる。若草は苦笑しながらも言葉を続けた。
「え、君の性癖をみんなに伝えるためにオレが考えた造語。竜ちゃんから聞いたんだけど、彼女って生まれてまだ四年しか経ってないらしいね。つまり、見た目は大きくても中身は四歳の幼女と一緒って……。恋愛対象にはならないかな……」
「僕は変態じゃなーい!」
 喋りながら視線を逸らしてくる若草を睨みつけ、ヴィーヴォはがばりと立ちあがる。
「いいよ、聖都にいけば竜に会えるんだし、人の気持ちが分からない兄さんに女性を手なずける甲斐性なんて……」
「ポーテンコさん。教会のシスターやら色の一族のご婦人方から、愛人になりませんかって恋文めっさもらってるよ。本人は頑なに信仰の妨げになるってお断りしてるけどね……」
「いやー! 竜ー!
「落ち着けって、夜色っ!」
 若草の言葉に、ヴィーヴォは頭を抱えて悲鳴をあげる。そんなヴィーヴォの肩を抱き、若草はヴィーヴォを怒鳴りつけた。
「だって……竜が、僕以外の人間とあんなに仲良くなるなんて……」
 ヴィーヴォは潤んだ眼を若草に向ける。若草はため息をついて、ヴィーヴォに言葉を返した。
「君は竜ちゃんの愛すら信じられない男なの? 泣き虫ヴィーヴォはこれだから……」
「煩いっ! 捻ひねくれマーペリアっ!」
 涙を流しながら、ヴィーヴォは若草を怒鳴りつける。若草は肩をすくめて、ヴィーヴォの頭をぶかぶかの袖でなでてやる。
「悪かったよ。君が竜ちゃんのことを愛してないなんて言っちゃって。うん、ぜんぜん家の親父と似てない……。というか、親父はこんな風に愛しい人が側にいないって泣きじゃくんない……」
「マーペリア……?」
「その、たぶん君たちが羨ましかったんだ。オレは、父さんとあんな風になれないから……」
 若草の眼が悲しげに伏せられる。彼はヴィーヴォから顔を逸らし、言葉を続けた。
「それに、僕の初恋の人に恋人ができてちょっと嫉妬したのかも……。それなのにヴィーヴォってばイケメンになるどころかますます美少女に……」
「君を僕の人形術でぶっ飛ばしてもいいかなぁ? それとも、ここで僕の灯花たちにがんじがらめにされたい?」
 頬を赤らめ言葉を続ける若草に、ヴィーヴォはにこやかに言葉を返す。だが、ヴィーヴォの顔に笑顔は浮かんでいない。
「仕方ないだろぉ……。君のこと超絶好みの女の子だって思って名前教えたら、オチがね……。もう、オチがねっ! なんでそんなに君ってば可愛いのっ!? 睫毛まつげ長いのっ?」
「知らないよそんなのっ! 珊瑚色といい君といい、なんで僕のことを勝手に女の子だって思い込むんだよっ?」
「泣き虫だからかな……。泣いてる君は弱々しくて可憐に見えるから、ついね……」
 ヴィーヴォに顔を向け、若草は舌を出していたずらっぽく応えてみせる。そっとヴィーヴォの手を取って、彼はその手の甲に唇を落としてみせた。
「ひぃ! 何するんだよっ?」
 若草の手を振り、ヴィーヴォは庇うように手を握りしめる。若草は苦笑して、そんなヴィーヴォの腰を抱き寄せてみせた。
「ちょ……若草?」
「ごめん……。いつも慰めてた君が竜ちゃんのせいで凄く元気だったから、オレつまんなかったみたい……。父さんとの謁見も、この調子なら大丈夫そうだね……」
 微笑む若草の顔を見て、ヴィーヴォは顔を曇らせていた。
 胸に穿たれた夕顔の焼印が痛む。
 罪人になった自分からヴェーロの名前を聞き出すために、ヴィーヴォはあらゆる拷問を受けた。肉体的な苦痛に根をあげないヴィーヴォに対し、教皇は精神的に追いつめる苦痛すら喜んでヴィーヴォに与えたのだ。
 彼にされた仕打ちを思い出して、ヴィーヴォは奥歯を噛みしめていた。
 自分が母親に似ていることは知っている。だから、女のように扱われるのは嫌だ。
 否が応でも、あの出来事を思い出してしまうから。
「ヴィーヴォ、震えてる……」
「え……?」
 若草の言葉に我に返る。
 彼が震える自分の手を優しく握りしめてくれる。そっと頭を抱き寄せて、彼はヴィーヴォの耳元で囁いた。
「父さんが君に何をしたのかぐらいオレだって分かってるよ……。あんな人でも、オレにとってはたった一人の家族だから。だから、今度はちゃんと君を守るから……。君に指一本ふれさせやしない」
「若草……」
 真摯な眼差しを送る若草に対して、ヴィーヴォは苦笑していた。
「君から、そんな真面目な台詞がでるとは思わなかったよ……」
「どうせオレちゃんは不真面目ですよぉんだ……」
 片眼鏡に隠れた眼を眇め、彼はヴィーヴォを睨みつけた。そっと彼は前方を向き、ヴィーヴォに言葉をかけてくる。
「一緒に帰ろう、ヴィーヴォ……。オレたちの戦場へ」
「うん……」
 自身の手を握る若草の手を握り返し、ヴィーヴォは頷く。
 竜骸の頭蓋にあたる操縦室からは、周囲の光景が一望できる。ヴィーヴォの眼前には、無数の光によって煌きらめく聖都があった。
 まるで地上の星が降りてきたかのような光景に、ヴィーヴォは見惚れてしまう。巨大な竜の遺骸から鳴り響いてくる無数の紡ぎ歌が、ヴィーヴォの耳に優しく響き渡っていた。
 聖都の中にある霊廟で、花吐きたちが鎮魂の歌を奏でているのだ。
 聖都に向かう自分を悼むかのような旋律に、ヴィーヴォは苦笑してしまう。
 花吐きたちの奏でる歌は、聖都を形づくる竜骸と、樹海に眠る竜たちに捧げられたものだ。
 遥か昔に、この水底の在り方そのものを変えてしまう争いがあったという。
 その昔、虚ろ竜たちが水底へと攻めてきたことがあった。
 虚ろ竜たちは始祖の竜を覗き雌だという。そんな彼女たちが、自分たちの父にして唯一の雄である始祖の竜を取り戻すべく、水底を滅ぼそうとした。
 水底は、始祖の竜の上に築かれた世界だ。その世界を壊さなければ、始祖の竜を救うことはできない。
 始祖の竜は娘たちの仕打ちを大いに嘆き悲しんだ。そんな彼の嘆きに応えた虚ろ竜がいた。
 銀翼の女王と古い記録に記された彼女は、水底に降りたち姉妹である虚ろ竜たちと戦った。そして彼女は、水底の生命と結ばれ十二の命を水底へと産み落とす。
 それがこの世界の生物の起源とされる、色の一族の始まりだ。
 銀翼の女王の血を引く彼らは水底を治め、母たる女王の亡骸を聖都としてこの地に君臨する。そして彼らは、先祖返りにより花吐きとして生まれる子供たちを、教会を組織することにより守ってきた。
 血統を守るために近親婚に走り、絶えた一族も少なくない。一族同士の権力闘争のため、途絶えてしまった血統もある。
「母さんのせいで、僕たち黒の一族は僕と兄さんしかいない……。顔も知らないおじいさまは権力闘争の末に、白の一族を滅ぼして、緑の一族を追いつめた」
「そしてオレたち緑の一族は、君たち黒の一族をことごとく皆殺しにした……。血で血を洗う闘争……。実家がそんなんだと、本当に嫌になるよね……。オレは本当に花吐きとして生まれてきて良かったと思ってる。ヴィーヴォと殺し合わずにすむもの。子供のうちに死ねるって便利でいいね」
 ヴィーヴォの言葉に若草は苦笑してみせる。すっと悲しげに眼を伏せて、彼はヴィーヴォに問う。
「俺たち緑の一族を恨んでないの、君は? 君は父さんにだってめちゃくちゃにされたのに……」
「君のせいじゃないだろ。それは……」
「会える? 君をそんな眼に合わせた男に……」
「会いに行くんだろう、今から。僕だってもう泣き虫ヴィーヴォじゃない。自分の身ぐらい、自分で守れるさ……」
「ははっ、外見はてんでヒロインなくせして、口だけはいっちょ前にイケメンだよね、君……」
「君も、口の悪さだけは達者になったよね、捻くれマーペリア」
 お互いに顔を向き合わせ、二人は笑い合う。そのあいだにも、ヴィーヴォたちの乗った竜骸は暗い湖畔へと着地し、ゆるやかな坂を上って竜骸の止まる着地場へと乗りあげる。
 周囲を飛び交う無数の竜骸を見つめながら、ヴィーヴォは口を開いた。
「行こうマーペリア、僕たち花吐きの戦場へ……」
「そうだね、ヴィーヴォ……」
 真摯な眼を若草に送り、ヴィーヴォは口を開く。ヴィーヴォに微笑みを返し、若草は優しく手を握り返してくれた。

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