​花吐き少年と、虚ろ竜

棺の樹海

Tio estas, de knabo kaj kava drako kraĉ floro filino de la historio de amo.

 ご飯だ。ご飯が食べられる。
 嬉しくなってヴェーロは空を飛び回っていた。眼下には、巨大な竜の骨が散らばっている。水晶の骨の間からは、暗い巨樹が顔を覗かせ大地を覆っていた。地球の光を浴びて輝く竜の背骨の中へと、ヴェーロは速度をあげて突き進む。
 歪曲した背骨の内側を滑るように飛ぶ。そこに留とどまっていた蝙蝠たちが、いっせいに飛び立つ。
 鳴き喚く蝙蝠たちと背骨を脱出すると、前方に褐色の蔦で覆われた竜骸が浮いていた。
 飛翔する竜骸に近づくと、それが自分よりもはるかに大きいことがわかる。ヴェーロは眼をまんまるくして、竜骸の翼の横へと体を近づけていた。
「竜っ! 行くよ!」
 ヴィーヴォの弾んだ声が竜骸の背中から聞こえてくる。瞬間、背中に大きな衝を感じてヴェーロは弾んだ鳴き声を発していた。
 ヴィーヴォの手が優しく鬣をなぞる。久しぶりに味わう彼の手の感触に、空腹を忘れてしまいそうだ。
 彼が起きてくれた。それが嬉しくてヴェーロは眼を細めていた。
 大きく翼を翻し、ヴェーロは眼下に広がる樹海へと降下していく。それと同時に、ヴィーヴォが背中を蹴って宙へと躍り出た。
 彼が片手を前方へと振り下ろす。彼は長い鞭で巨樹の枝を捕らえた。そのままヴィーヴォは前方へと体を躍らせる。彼が鞭を前方へと振ると、鞭の先は枝から放れヴィーヴォの前方に立ちふさがる巨樹の枝へと絡みつく。
 鞭で枝を捕らえては振り子の要領で前方へと進むヴィーヴォを、ヴェーロは森の上空を滑走しながら追う。
「ヴェーロっ!」
 ヴィーヴォが自身の名を呼ぶ。ヴェーロは森へと跳び込み、彼のもとへと降下していた。ヴィーヴォの前方を駆ける生き物がいる。
 透明な角を持つそれは、若い雄雄だ。大好物の鹿を眼の前にして、ヴェーロは大きな咆哮をあげていた。
 ヴィーヴォの鞭が鹿の角に絡まる。ヴィーヴォが鞭を引くと、体を引っ張られた鹿は体制を崩し地面に倒れ込んだ。ヴェーロは鹿の前方へと降り立ち、暴れる鹿の喉元に鋭い牙を突き立てていた。
 あたたかな血潮の感触に、舌が震える。上顎を打ちおろして首の肉を噛みちぎると、柔らかい肉の感触が口腔に広がっていく。
 何日ぶりの食事だろうか。うっとりと眼を細めながら、ヴェーロは鹿の首の肉を引き千切っていた。
「ヴェーロっ」
 そんな自分をヴィーヴォの鋭い声が窘める。ヴェーロは大きく眼を見開いて、鹿の首から口を離していた。
 ヴィーヴォは片足をつき、鹿の首へと顔を近づける。光を宿さない鹿の眼に彼が口づけると、そこから青白い星球が放たれた。それは光る尾を伴ってヴィーヴォの眼へと吸い込まれる。
 ヴィーヴォが空を仰ぐ。彼は星空に輝く地球を見つめながら、歌を奏でた。
 物悲しいその歌は、静かな森に優しく響き渡っていく。彼の眼が白く瞬く。光り輝く彼が息を吐くと、唇から青色の花が吐きだされた。
 勿忘草の形をした灯花は、ヴィーヴォの周囲を巡りながら瞬く。ヴィーヴォは立ちあがり、地球を仰いだ。
 両手を広げ、彼はなおも鎮魂の歌を口ずさむ。すると、暗い森の中で淡い光が幾つも瞬いた。その光は小さな光球となってヴィーヴォの体に吸い寄せられていく。
 上空に竜骸が留まる。竜骸から、ヴィーヴォの歌声より少しばかり低いテノールの歌声が流れてきた。
 ひらひらと竜骸から白妙菊の灯花が降ってくる。それは優しく光りながら、ヴィーヴォの周囲で輪舞を踊る。
 ヴィーヴォは嬉しそうに眼を細めた。そっと灯花の1つを手に取り、彼は優しく唇を寄せる。花たちは淡く輝き、ヴィーヴォの側を離れて上空へと飛んでいった。
 ヴィーヴォの歌声がやむ。それと同時にこちらに向かってくる足音に気がつき、ヴェーロは眼を見開いていた。
 それは、白い女鹿だった。しなやかな四肢で森の中を駆けながら、彼女はヴィーヴォのもとへとやってくる。ヴィーヴォは頭を垂らした鹿を優しくなで、悲しげに眼を細めた。
「ごめんね……」
 ヴィーヴォが謝罪の言葉を口にする。頭をあげた鹿は黒真珠のような眼でヴィーヴォをじっと見つめ、その後方で倒れる雄鹿のもとへと歩んでいった。
 首を降ろし、彼女は雄鹿の体を鼻でつつく。だが、番であろう雄鹿が動くことはない。
 弱々しく鳴いて、女鹿は悲しげにゆらめく眼をヴェーロに送る。その眼を見てヴェーロは大きく眼を見開いていた。その鹿のもとへと勿忘草の形をした灯花が舞い下りてくる。
 牡鹿の灯花だ。
 灯花は悲しげに明滅しながら、女鹿の周囲を舞う。そこにヴィーヴォが歩み寄り、鹿の周囲を巡る灯花を捕まえた。
 彼は灯花に唇を寄せる。灯花は蒼く煌めいてヴィーヴォの手から放たれた。円を描きながら、灯花は女鹿の頭へと飛んで行き、小さな花飾りとなって彼女の耳を飾る。
 そっとヴィーヴォはその耳飾りにふれ、微笑んでみせた。ヴィーヴォの唇が鹿の額に寄せられる。
「君とその最愛の人に、始祖の竜の加護があらんことを」
 ヴィーヴォは祝福の言葉を述べて、鹿の額をなでた。女鹿は嬉しそうに眼を細め、ヴィーヴォから離れていく。
 森の奥へと女鹿は去っていく。りぃんと涼やかな灯花の音色が、女鹿の駆けていく足音と共に森の中へとかき消えていった。
「ねぇヴェーロ、僕たち人間はとっても身勝手だと思わない?」
 ヴィーヴォの弱々しい声が聞こえる。
 彼が微笑みを自分に向けてくる。彼の眼は、寂しそうに自分に向けられていた。
「自分の仲間が殺されれば復讐しないと気がすまないくせに、自分のために他の命はあっさりと殺すんだ……。君を生かしたいのなら僕を君に食べさせればいいだけの話なのにね……」
「きゅん……」
 ヴィーヴォを慰めたくて彼に近づく。長い首を彼の体に巻きつけ鼻先で彼の額を優しくさすってやる。ヴィーヴォはくすぐったそうに眼を細め、顔をなでてくれた。
「でも僕は、何かを犠牲にしても君と一緒にいたいんだよ。僕は珊瑚色みたいには……。ううん、何でもない。ご飯にしよっか、ヴェーロっ」
 首を振り、ヴィーヴォは弾んだ声をあげる。
 そういえばお腹が空いている。そのことを思いだしたとたん、ヴェーロの腹の虫が辺りに響き渡った。
「もう、僕のことなんてほっといて、独りで狩りにいけばよかったじゃないか」
「きゅん……」
 苦笑するヴィーヴォに首を振って応えてみせる。ヴィーヴォは少しばかり眼を見開いて、優しく微笑んでみせた。
「自分が食べる生き物を、灯花にして欲しかったんだね。優しい{女}(ひと)だ……」
 ヴェーロの頭を抱きしめ、彼は静かに囁いてみせる。
「どうしてそんな君が、僕なんか愛してくれてるんだろう? 僕を嫌わないでいてくれるんだろう? ねぇヴェーロ、僕はそれが不思議でたまらないんだ」
 縋るように向けられる彼の眼差しからヴェーロは眼が離せない。どうして側にいるのかと聞きながら、彼はいつもその眼差しを自分に送ってくる。
 ――そんな彼から離れられるはずがない。
 ヴェーロの体が光に包まれ少女の姿をとる。銀糸の髪を夜空に靡かせ、ヴェーロは蒼い眼でヴィーヴォを見すえた。
「ヴェーロ……」
 ヴィーヴォが怯えた様子で眼を曇らせる。
 そんな彼の眼を見てヴェーロは血が滾るのを感じていた。空になったお腹が妙に気になって、その中に彼を入れたいと思ってしまう。
 彼を自分の血肉にして、二度とどこにも行かないようにしてしまいたい。
 するりとヴェーロの細い腕がヴィーヴォの肩へと伸びる。肩を掴んで体重をかけると、彼の体はあっけなく長光草の上へと倒れ込んだ。
 淡く輝く草の上で彼は眼を細めてみせる。妖しげな彼の眼差しが、纏わりつくようにヴェーロの裸体を眺めていた。
「僕を、食べたいの?」
 彼の上に跨る。すると彼は体を起こし、ヴェーロの耳元で囁いてみせる。ヴェーロは体を震わせ、彼を見つめる。
「いいよ、食べても……」 
 ヴィーヴォの声が耳朶に轟く。彼はヴェーロを抱き寄せ、ヴェーロの唇を啄んでみせた。雄鹿の血で濡れたヴェーロの唇に触れ、ヴィーヴォのそれは赤く染まる。
 彼はその血を舌で舐めとってみせた。彼は苦しげにに顔を歪め、激しく咳き込む。
「ヴィーヴォっ!」
「やっぱり、僕に生き物を食べることは無理みたいだ……。こんなのでも生きてるっていえるのかな?」
 彼の唇が自嘲に彩られる。
 唾液と、血に彩られたその唇が妙に愛しくて、ヴェーロは彼の唇を塞いでいた。
 あたたかい唇の感触にそっとヴェーロは眼を細める。唇を離すと、彼は大きく眼を見開いてヴェーロを見つめてきた。
 ふっと彼は寂さみしげに微笑んでみせる。
「僕は花吐きだから生き物の肉が食べられない。だから、野菜も果実も、飲み物ですら僕の喉を通ることはない。本当、たまに自分がどうやって生きてるのか不思議になっちゃうぐらいだよ」
 彼の微笑みが嘲笑に変わる。
 彼は言っていた。花吐きはこの世界の理を紡ぐ者である。だからこそ命の循環から外され、食物連鎖の列に並ぶことすらできないということを。
 それは、花吐きが命そのものを司る存在だからだそうだ。命を紡ぐ彼らは人であって人でない存在だとヴィーヴォは苦笑しながら言葉を締めくくった。
 そっとヴェーロを抱きしめて、彼はヴェーロの耳を啄んできた。
「ヴィーヴォ……」
「食べていいよ。君に食べられるのなら本望だ……。そうすれば、ずっと一緒にいられるもの。僕は君の一部になって、君と一緒にずっと生きるんだ……」
「嫌だ……」
 彼の囁きにヴェーロは応える。眼の前にある彼の顔を睨みつけると、彼は悲しげに眼を歪めた。
「ごめんなさい……君に、また嫌な思いをさせた……」
 ヴェーロを抱き寄せ、ヴィーヴォは懇願するように言葉を繰り返す。
「お願い……嫌わないで……。君に嫌われるのが、僕は一番恐いんだ……。君を失うことの方が死ぬよりずっと恐いんだ……」
 彼が自分にいつも繰り返し聞かせる呪いの言葉。その言葉を聞くたびに、ヴェーロは彼の言うことに逆らえなくなる。
 彼を失いたくないのは、自分も同じだから――
 だから、彼を食べたくない。
「ずっと一緒にいたいから、ヴィーヴォは食べない……。食べたくない……」
「ヴェーロ」
 縋るように彼が自分を見つめてくる。
 捨てないでと言った彼の言葉が脳裏に響き渡る。彼から漂う花の香りに、心臓が跳ねあがる。
 彼を食べたくなってしまう。
 そんな欲求を押さえたくて、ヴェーロはヴィーヴォから眼を放していた。
「いいんだよ……食べても……」
 ヴィーヴォの言葉が耳朶に突き刺さす。驚いて彼へと眼を向けると、ヴィーヴォは悲しげに眼を細め微笑んでいた。
「ヴェーロに食べられるなら、僕はそれでいい……」
 顔に手をのばし、彼は頬を優しくなでてくれる。ヴェーロがその手を包み込むように持つと、彼は微笑みを深めてヴェーロに口づけをしてくれた。
「僕の肉がいっぺん残らず君のものになったていい……。そうすれば、僕はずっと君を生かしていけるんだから……」
 唇を離し、彼は耳元で囁きかける。甘い彼の息が耳たぶにかかって、ヴェーロは体を震わせていた。

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