​花吐き少年と、虚ろ竜

星空の向こう

Tio estas, de knabo kaj kava drako kraĉ floro filino de la historio de amo.

 爆炎から逃れるため、ポーテンコは牢獄の通路を駆けていた。周囲に視線を巡らせる。竜と人の体を持った異形の花吐きたちが、怨嗟の眼を自分に向けている。彼らの恨みの声に顔を歪ませながら、ポーテンコは大きく床を蹴った。
 僧衣に忍ばせた種を素早く取り出し、周囲に撒く。それらは瞬く間に捻じれた手足を持つ木製の人形となり、ポーテンコの周囲を取り囲んだ。人形たちは背中に生えた翅をはばたかせ、ポーテンコの周囲を旋回する。
 人形たちは両手を天井へと翳す。人形たちの手から光球が生じ、それは天井にあたって爆発した。
「固まれっ!」
 爆風に髪を弄ばれながら、ポーテンコは叫ぶ。彼の周囲を巡っていた人形たちは、捻じれながら一つとなり、翅の生えた木鹿となった。ポーテンコはそれに飛び乗り、爆風によって開いた天井の穴へと飛び立っていく。
 天井の穴を抜けた先には、星空が広がっていた。その星空を鋭く細めた眼に映しこみながら、ポーテンコは木鹿を後方へと向かせる。
「どこに行くの? ポーテンコっ」
 弾んだ少年の声がポーテンコの耳朶を叩く。
 視界に緑の竜が映りこむ。その竜の背に、歪んだ笑みを浮かべるマーペリアは乗っていた。
「どこにも行かないさ。お前を殺すまではなっ……」
 ポーテンコは叫ぶ。種子を空中に振りまく。それは翅の生えた人形へと姿を転じた。人形たちはマーペリアの乗る竜へと襲いかかる。そんな人形たちを睨みつけ、竜は口から煙を吐いていた。
 竜の口から巨大な火球が発せられる。それは熱風をともなって、人形たちを焼きはらう。
 その破片から新たな蔓が生じる。それらは複雑に絡み合い、竜の手足を空中で拘束した。
「ポーテンコっ!」
 マーペリアの鋭い声がポーテンコの耳朶を叩く。マーペリアはポーテンコを睨みつけながら、紡ぎ歌を奏で始めた。
 テノールが星空に響き渡る。マーペリアは竜の背の上でくるくると体を回しながら、優しい歌声で星空たちに語りかける。
 彼の歌に応じて、星たちが流れ星となって彼の眼に吸い込まれていく。彼の体は淡く輝き、その口からは胡蝶花を想わせる灯花が生じる。灯花たちは鋭く回転しながら、竜の手足を拘束する蔓を切断していった。
 胡蝶花たちは、回転を繰り返しながらポーテンコへと襲いかかってくる。ポーテンコは直刀を抜き放ち、襲いかかる灯花を両断した。
「あぁ、聖なる花たちに対して、そんな仕打ちをしちゃうんだね。あなただって、もとは花吐きだったのに……」
 マーペリアの嘲笑が聞こえてくる。ポーテンコは剣の切っ先をマーペリアへと向けていた。
「お前を止める。彼女たちとヴィーヴォを護るためにもなっ!」
 ポーテンコの叫びとともに、爆音が辺りに響き渡った。ポーテンコは聖都へと眼を向ける。
 聖都の外縁地区、湖に浮かぶ竜骸の着地場から爆音は響いている。燃える着地場と逃げ惑う人々をあとに残し、竜骸たちが骨の翼を広げてこちらへと飛んできた。
 ポーテンコはそんな竜骸を見てほくそ笑んでいた。
 聖都で運用されている竜骸は、物資や人を運ぶほかに兵器という面も持ち合わせている。その竜骸を操っているのは人形術を司る黒の一族だ。その竜骸たちを、ポーテンコは人形術で呼び寄せた。
 マーペリアの乗る竜を、ポーテンコの操る竜骸が取り囲む。巨大な竜骸たちは大きく羽を広げ、マーペリアたちを威嚇する。
「私に勝てるとでも? マーペリア……」
「勝つつもりだよ。ヴィーヴォのために。オレたち、花吐きのために……。母さんのために……」
 ぎゅっとマーペリアは自身を抱きしめ、眼を伏せる。切なげな眼差しをする彼に緑の竜が小さく唸った。心配そうに竜は背に乗るマーペリアに頭を向ける。
「大丈夫、父さん。父さんはオレたちのために人じゃなくなったんだもん。一緒に行こう。中ツ空へ……」
 マーペリアは自身に向けられた竜の頭を抱きしめる。竜の額に唇を落とし、彼は鋭く光る眼でポーテンコを睨みつけた。
「私も、大切な人たちのためにお前に負ける気はな いよ。マーペリア」
「奇遇、オレも一緒だ」
 手に持つ剣を構え、ポーテンコはマーペリアを見すえる。そんなポーテンコにマーペリアは妖しい微笑みを向けてみせた。
 緑の竜が咆哮をあげる。それと同時に、ポーテンコの操る竜骸が緑の竜へと襲いかかった。

 

 

 

 

 

 


 はるか星空の上を金の鬣を持つ竜が飛んでいた。
 竜の背の上には、赤い髪を靡かせた裸体の少女が立っている。その竜を追うように、夜色を想わせる少年を乗せた銀翼の竜が空を飛んでいた。

 

 爆発に包まれる聖都が遠く離れていく。ヴィーヴォはその光景を見つめることしかできない。
 聖都のある山岳地帯がみるみるうちに小さくなっていく。それでも不思議と寒さを感じない。ヴェーロの背に乗っていたヴィーヴォは立ちあがり、周囲を見回した。
 赤く輝く灯花が、ヴィーヴォの周囲を覆っている。彼岸花の形をしたそれはあたたかな熱を周囲に放ち、ヴィーヴォを寒さから守っているのだ。
「夜色は、星空の上を知らないよね……」
 前方から可憐な少女の声がする。ヴィーヴォが視線をそちらやると、金の竜に乗った緋色が朱色の眼を細め自分に微笑んでいた。
 緩やかにうねった長い赤髪を掻き揚げ、緋色は地上へと視線を落とす。
「見て、夜色。始祖さまがここからよく見えるわ」
 彼女の声に従い、ヴィーヴォは地上へと顔を向けていた。そこに広がる光景にヴィーヴォは息を呑む。
 翼を広げた巨大な竜の体が暗い大洋に横たわっている。
 否、それは竜の形をした大陸だった。竜の背から頭頂部にかけて雪が舞う山脈が連なり、頭部には聖都の象徴たる銀翼の女王の遺骸が鎮座する。山脈の下には針葉樹の樹海じゅかいと、竜の遺骸が散らばっていた。
 背から両翼にかけては、峻厳とした水晶の山脈と落葉樹に彩られた森が連なる。腹から尾にかけては丘と砂浜が連なり、海に溶け込んだ星々が桜色の珊瑚礁を華麗に浮かびあがらせていた。
「僕たちのいた大陸が、始祖さま……?」
「教会の聖典にもそう書いてあるでしょ。改めて見ると、本当に驚くけれど」
 緋色の言葉に、ヴィーヴォは竜の形をした大陸を見つめることしかできない。
 始祖の竜の体が、自分たちの住む大地であることは教会で教えられて知っていた。けれど、こうやって上空から自分たちの住む大陸を眺めるのは初めてだ。
 神話の中の存在だと思っていた始祖の竜を目の当たりにして、驚きに胸が高鳴ってしまう。そんなヴィーヴォの気持ちを感じ取ったのか、緋色は弾んだ声をあげた。
「ほら、この星空の上にはもっと凄いものがあるっ!」
 緋色が空を仰ぐ。
 瞬間、彼女の乗る金糸雀が鋭い咆哮をはっした。その咆哮とともに、始祖の竜の頭頂部から何かがあがってくる。
 それは巨大な火球だった。火球は物凄い速さで星空を駆けあがり、ヴィーヴォたちの上空へと去っていく。はるか上方に留まったそれは、巨大な音をたてながら破裂した。
 眩しい火花が辺りに飛び散り、闇に支配されていた空が白く輝く。その輝きに、ヴィーヴォは思わず眼を瞑っていた。
 火花が体の上を這はいずって、肌が熱くなる。
 白く光っていた瞼裏が再び暗くなり、ヴィーヴォはおそるおそる眼を開いていた。
 空が蒼い。まるで、ヴェーロの眼のように。その空を、真っ白な光の球体が照らしている。
「地球の蒼だ……」
「きゅん……」
「そうだね、ヴェーロ。君の眼と同じ色だ」
 ヴェーロが鳴き声をあげる。
 ヴィーヴォは思わず微笑みを顔に浮かべ、彼女をなでていた。
 涙を流して飛び続けていた彼女が、元気を取り戻してくれたことが嬉しい。
 ヴィーヴォはヴェ―ロをなでながら、空を見あげる。地球を想わせる色彩の空を。
 そっと下方へと視線を転じる。蒼い空の下には、ヴィーヴォが見慣れている暗い星空が広がっていた。
「これは……」
「これが昼。昔は、始祖さまの吐いた太陽が昼をもたらしていた。夜の闇を吹き飛ばすほどに、始祖さまの吐く太陽は明るかったの。でも、始祖さまは次第に力をなくされて、今ではこの水底はずっと夜に閉ざされたまま。灯花だけが私たちに昼があったことを教えてくれる……」
 そっと緋色は金の竜の背に座る。彼女は金の鬣を優しく梳きながら、切ない眼差しを金の竜へと投げかけていた。
「ぎゅん……」
 金糸雀はそんな彼女に応えるように鳴いてみせる。寂しげなその鳴き声を聞いて、ヴィーヴォは口を開いていた。
「君はなんなの、金糸雀……?」
「金糸雀は始祖さまの魂を宿した存在。あなたの竜と同じよ、夜色。いいえヴィーヴォ……。今の金糸雀は、彼であって彼でないの……。マーペリアみたいに、もう昔の彼じゃない」
 そっと金の鬣をなでながら緋色はヴィーヴォに応える。
「きゅんっ」
 緋色の言葉が気になったのか、ヴェーロが鳴き声をあげていた。
「金糸雀が始祖さまの魂を宿している? それに、ヴェーロが金糸雀と一緒って……?」
「それは、彼女たちが話してくれるわ」
 ヴィーヴォの言葉に緋色は立ちあがり、自分たちに背を向けた。彼女は横向きに金糸雀の背中に座り直し、顔をあげてみせる。
 白い太陽をヴィーヴォも仰ぐ。
 そこに広がる光景に、ヴィーヴォは瞠目した。自身の背丈ほどはある巨大な蒼い眼が、こちらを見つめている。縦長の瞳孔を収縮させながら眼は瞬き、ヴィーヴォたちを凝視していた。
 巨大な、虚ろ竜の眼だ。
 眼は苔こけで覆われた顔についており、苔の隙間から銀の鱗が顔を覗かせている。
「きゅんっ!」
 嬉しそうにヴェーロが鳴く。
 虚ろ竜は眼を嬉しそうに細め、巨大な口を開けてみせた。口元を覆っていた苔やその上に生える若木が土とともに落下し、そこから鋭利な牙が姿をみせる。竜が大きく口を開けると、爆音のような咆哮が辺りに響き渡った。
 その咆哮に応えるように、はるか上空から透きとおる竜たちの鳴き声が聞こえてくる。高い音で奏でられるそれは、ハープのような調べをもっていた。
「行こう、金糸雀っ」
 緋色が弾んだ声をはっする。彼女の声に金糸雀は嬉しそうに唸り、翼を翻して上空へと舞っていく。
「きゅんっ!」
 ヴェーロの弾んだ鳴き声が耳朶に響く。ヴィーヴォの両脇にある彼女の翼が大きくはためき、上昇を始める。
 ヴェーロの体があがるたびに眼の前に迫りくる光景を、ヴィーヴォは口を大きく開けて見つめていた。
 巨大な水晶の大天蓋が空を覆っている。その向こう側に、空を舞う巨大な竜たちがいた。それも尋常な大きさではない。
 小島ほどの大きさの竜や、ヴィーヴォたちの乗る竜骸のそれよりもはるかに大きい竜が空を飛んでいた。
 そんな彼女たちが、小魚のように緑に覆われた巨大な浮遊島のあいだを駆け巡っている。
 銀、金、赤銅、緑、漆黒。
 色とりどりの鱗を煌めかせ竜たちは、空を行き交う。ふと、ヴィーヴォは彼女たちの側に浮かぶ浮遊島に違和感を覚えた。
 浮遊島についた崖は竜の頭を想わせる。苔に覆われたその崖を凝視すると、崖に巨大な眼が現れた。蒼い眼は瞬きを繰り返し、ヴィーヴォを見つめ返してくる。
 巨大な島だと思ったそれは、緑に覆われた虚ろ竜だったのだ。虚ろの背には絶壁の聳える山脈があり、その山脈を縫ぬうように青々と茂った木々が生えている。
 その山脈の上を、滑るように小さな虚ろ竜たちが飛んで行くのだ。
 虚ろ竜たちは天蓋から伸びる大きな支柱の周囲を、螺旋状に飛んでいる。
 その支柱を見て、ヴィーヴォは息を呑む。
 それは、蔦となった無数の灯花の集合体だった。複雑に絡み合った灯花の支柱は、はるか上空に浮かぶ地球へと伸びている。
「彼女たちはまだ若いから、虚ろ世界でも下方にある水底の側を漂っているの。もっと巨大になれば、水底なんかに収まりきらなくなるから」
 虚ろ竜たちを見つめることしかできないヴィーヴォに、緋色が楽しそうな声をかけてくる。ヴィーヴォは前方にいる緋色の顔を向けた。彼女はヴィーヴォへと振り返り、得意げに微笑んでみせる。
 彼女の乗る金糸雀は、翼を大きく逸らして巨大な竜の頭上をあがっていく。ヴェーロも楽しそうに鳴いて彼のあとに続いた。
 ヴィーヴォたちの側にいた竜の背上には、苔むした大地が広がっている。その大地を銀髪を靡かせた裸体の少女たちが駆けていた。彼女たちの背に生えた竜の翼を見て、ヴィーヴォは眼を見開く。
 虚ろ竜の娘たちだ。
 少女たちは空を飛ぶヴィーヴォたちを仰ぎ、手を振ってくる。
 なかには、翼をはためかせこちらへとやって来る少女もいるではないか。肩まで伸びた銀の髪を翻しながら、少女がヴェーロへと近づいてくる。少女は緑がかった蒼い眼を細め、ヴィーヴォに微笑みかけてきた。するりと、細い彼女の両手がヴィーヴォに伸びてくる。
「きゅんっ!」
「ヴェーロっ?」
 そんな少女をヴェーロは一喝する。驚いた様子で少女は両手を引き、寂しげな眼差しをヴィーヴォに送りながら離れていく。
 金糸雀とともにヴェーロはこちらへと駆けてくる少女たちのもとへと降りたっていく。すると彼女たちは、翼をはためかせ嬉しそうにヴェーロと金糸雀の周囲を舞い始めた。
「きゅん!」
「あ、ごめん……」
 ヴェーロが背中をゆらし、降りるよう催促してくるしてくる。ヴィーヴォは彼女に謝り、慌ててヴェーロの背中から跳びおりた。
 纏っていた外套を翻し苔の上に着地する。柔らかな感触が足裏に広がり、ヴィーヴォはその心地よさに眼を細めていた。
「Estas vira. Estas la homa masklo.(雄だ。人間の雄だ)」
「Kracxi floro. Estas nia partnero.(花吐きだ。私たちの番だ)」
 そんなヴィーヴォに虚ろ竜の少女たちが群がってくる。彼女たちは嬉しそうに声をあげながら、ヴィーヴォへと跳びかかっていた。
「うわっ!」
 一人の少女に跳びつかれ、ヴィーヴォは声をあげてしまう。ショートカットの青みがった銀髪をゆらし、少女はヴィーヴォに笑顔を向けてくる。
 どこかヴェーロと似た彼女の面差しに、ヴィーヴォは胸を高鳴らせてしまう。彼女の胸が体にあたって、ヴィーヴォは喉を鳴らしていた。
「Donu al mi ovon al mi(私に卵をちょうだい)」
 甘えた声を発し、少女はヴィーヴォを見つめてくる。潤んだその眼を見て、ヴィーヴォは顔が熱くなるのを感じていた。
「きゅんっ!」
 そんな少女をヴェーロは鋭い鳴き声で威嚇し、鼻先を押しつけてヴィーヴォから引き離す。
「Al la porko?(独り占めにするの?)」
「きゅんっ!」
 少女はそんなヴェ―ロを睨みつけてくる。ヴェーロは抗議するように鳴いて、少女の体を鼻先で突き跳ばす。
「ちょ、ヴェーロっ!」
「ヴィーヴォは竜のっ! さわらないでっ!」
 ヴィーヴォが慌てた声をはっすると同時に、ヴェーロの体が光に包まれ少女の姿をとる。彼女はぷくっと頬を膨らませてみせた。
「ヴィーヴォのバカっ」
「え、なんでっ? ヴェーロっ?」
「お前が浮気なんかするからだ。この色男……」
 妙に冷めた声がヴィーヴォの耳朶に轟く。ヴィーヴォは大きく眼を見開いて、声の方へと顔を向けていた。
 銀髪の少女たちに取り囲まれた一人の少年がいる。金の髪を無造作に伸ばした彼は、じっと三白眼めいた深紅の眼でヴィーヴォを見つめていた。
「金糸雀っ!」
 そんな少年に緋色が駆け寄ってくる。金糸雀は優しい微笑みを浮かべながら、背中に生えた金の翼をはためかせてみせた。彼は緋色を抱きしめる。
「よかった……。無事なのね、金糸雀」
「うん、大丈夫だ。ローガ……」
 そっと金糸雀は彼女の額に唇を落とす。その光景に、ヴィーヴォは顔が熱くなるのを感じていた。
「あ、ちょ……。金糸雀、緋色……その……」
「あ、俺たちこういうことだから」
「ちょ、金糸雀……」
 ローガは緋色の名前だろう。
 二つ名の花吐きの中で唯一の女であった緋色は、教会でも特別な存在だった。
 花吐きのほとんどは男であり、女の花吐きは稀まれだ。
 聖女として崇められていた彼女は、ヴィーヴォたち二つ名の花吐きの中で特に格の高い存在として扱われていた。彼女と接触できた者は、彼女の身の回りの世話をしていた女性たちと、ヴィーヴォたち二つ名の花吐き。そして庭師であるポーテンコぐらいだ。
 むろん、彼女と二人きりで会うことなどかなわない。彼女とのあいだに間違いがあってはいけないからだ。
 そのときが来るまでは――
 それまで、彼女の名前は誰にも明かされない。そう、ヴィーヴォは聞かされていたのだが。
「なにも驚くことじゃないだろう? ローガはいずれ、俺たちの花嫁になるはずだったんだ。それが早まっただけだよ……。俺が始祖の竜の記憶を継承したから」
「それは、そうだけど……」
「お前の母親だって、似たようなものだろ」
 金糸雀の言葉に、ヴィーヴォは彼から眼を逸らしていた。
 女の花吐きから生まれた子供は、同じ花吐きになる。そのため、女性の花吐きは聖女として崇められると同時に、聖母になることを求められる。
 すなわち、複数の男性と関係を持ち多くの花吐きを生むことを義務づけられるのだ。
 生まれてくる子供の血は濃ければ、濃いほど、強力な花吐きが生まれる。
 自分の母親も、いずれはそうなる運命だったとポーテンコから聞いたことある。ただし、彼女の場合は正式な夫となる人物が決まっていたからまだ幸福だと。
 そして、その夫となる人を母はきっと愛していたのだ。
 母のかつての婚約者であった教皇を――
「母さんはたぶん、好きで僕たちを生んだんじゃないよ……」
 ぎゅっと法衣の裾を掴み、ヴィーヴォは俯く。
「そうかな……。本当は君のお母さん、食い殺されるはずだったんだよ。君のお父さんであるあの竜に……。それができなかったから、俺は始祖の竜として覚醒して、ローガを食べることになった」
「金糸雀……」
 そっと緋色を抱きしめ、金糸雀は悲しそうに眼を伏せてみせる。緋色はそんな金糸雀の胸に体を預けていた。
「それって、どういう……」
「それは、彼女が答えてくれるよ」
 ヴィーヴォの言葉を制して、金糸雀は前方へと顔を向ける。彼が向いた先へと、翼をはためかせながら虚ろ竜の少女たちが駆けていく。
「お母さんっ!」
 ヴェーロもまた、弾んだ声をあげて少女たちのあとを追う。
「ヴェーロっ!」
 驚いたヴィーヴォは思わず彼女の名を呼んでいた。彼女を追いかけようと顔をそちらへと向けたヴィーヴォは、驚きに眼を見開く。
 そこに、美しい女性がいたからだ。
 豊満な胸と均整のとれた体を豊かな銀髪で覆った彼女は、駆け寄ってきたヴェーロを優しく抱きしめる。
 ヴェーロを見つめる彼女の眼に、ヴィーヴォは見覚えがあった。
 蒼い、慈愛に満ちたその眼に、自分は見つめられたことがある。
「お義母さんっ?」
 ヴィーヴォの上擦った声に、女性は顔を向けてくる。彼女は優しく眼を細め、ヴィーヴォに笑顔を向けてきた。
 そっと抱きしめたヴェーロを放し、彼女は少女たちを引き連れヴィーヴォたちのもとへとやってくる。
「お帰りなさいませ。お父さま。そしてようこそ、娘の愛しい花婿」
 そっと彼女は頭をさげ、優美にお辞儀をしてみせる。その仕草に、ヴィーヴォは思わず見入ってしまった。
 自分の兄が彼女に恋をしてしまっても仕方がない。それほどまでに、彼女の所作は優美だ。
「我らの父と、私たち伴侶たる花吐きの地、水底よりよくぞおいでくださいました。ここは中ツ空、私たち虚ろ竜の故郷です」
 彼女の笑みがヴィーヴォたちに向けられる。彼女の言葉に、ヴィーヴォは思わず顔をあげていた。
 巨大な水晶の天蓋の向こう側に、灯花でできた支柱を螺旋状に巡る巨大な竜たちがいる。その支柱の頂に輝く地球のなんと眩しいことか。
「ヴィーヴォ……」
 名を呼ばれ、ヴィーヴォは顔をそちらへと向けていた。
 ヴェーロが蒼い眼を潤ませ、自分を見つめている。
 地球と同じ色彩をもつ彼女の眼を見て、ヴィーヴォは小さく頷いていた。
 ポーテンコは命がけで自分たちをここへと導いてくれたのだ。ヴェーロたち虚ろ竜たちの故郷へと。
 でも、自分たちはここにはいられない。
「すみません。僕たちはすぐにここを離れないといけない。兄さんが、あなたの愛する人が危険な目に合っているんです。助けに行かなくちゃ」
 ヴェーロの母親へと視線を移し、ヴィーヴォは彼女に告げる。彼女は悲しそうに眼を細め、首を左右に振ってみせた。
 今にも泣きそうな眼をヴィーヴォへと向け、彼女は震える声で告げる。
「お願い。あの人を信じて、あの人は必ずここにやってくるから――」

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