​花吐き少年と、虚ろ竜

夜闇の逢瀬

Tio estas, de knabo kaj kava drako kraĉ floro filino de la historio de amo.

 ポーテンコは、空に還った愛しい人を思っていた。
 彼女を空に返した見返りに、自分は花吐きとしての力を失った。それでも、後悔することはなかった。
「ずっと、この眼を通じてあなたを見つめていたよ。私の愛しい人……」
 湖面に映る自身の眼を眺めながら、ポーテンコは微笑んでみせる。聖都の浮かぶ湖には、眩い星空が映し出されていた。湖面に映る竜の陰影を捉え、ポーテンコの表情は暗くなる。
 ポーテンコはしゃがみ込み、湖を泳ぐ竜の陰影にそっとふれた。指先が湖面にふれたとたん、竜の陰影はゆらめきながら姿を崩す。ポーテンコの眼は暗い影に彩られる。
 花吐きの力を失ってから、自分はこの眼を通じて彼女が何を見ているのかを眺めることができた。
 いつも眼に映りこむのは、水晶の大天蓋の向こうに浮かぶ灯花の支柱と、螺旋状に並んだ巨大な虚ろ竜たちの群れ。そして、それを眺める幼い虚ろ竜たちの少女たちだった。
 彼女と同じ銀の髪と蒼い眼を持つ少女たちは、彼女に育てられているらしかった。
 それが、自分の血を引く娘たちなのかポーテンコには分からない。ただ、彼女が実の娘のように少女たちを愛していることは、彼女の眼を通じて伝わってきた。
 そして彼女が下界の水底を頻繁に眺めていることも。
「私は、そちらにいってはいけないのだね……」 
 掌で湖面をゆらしながら、ポーテンコはゆれる竜の陰影に優しく微笑んでみせる。
 ふっと、弟を横抱きにした娘の姿を思いだし、ポーテンコは眼を伏せていた。
「当たり前か、私は自分たちの娘を危険な目に合わせたのだから……」
 立ちあがり、空を仰ぐ。
 自身の呟きに応えてくれるものはおらず、ただ星空を泳ぐ竜の陰影だけがポーテンコの視界を過ぎていく。
「あなたは、私に娘を託してくれたのに、私は――」
「それは、違うわ……」
 ふと、自身の声を遮る言葉があった。驚きにポーテンコは顔をあげる。そこにいる人物を見て、ポーテンコは大きく眼を見開いていた。
 豊かな銀髪で裸体を覆った女性が、湖に浮かんでいる。白銀の翼を靡かせる彼女は、ポーテンコを見つめていた。
 澄んだその眼は、まるで地球のように美しい。そんな眼を悲しげに歪め、彼女はポーテンコへと近づいてくる。
「ポーテンコっ!」
 翼をはためかせて自身に抱きついてきた彼女を、ポーテンコはとっさに受け止めていた。
「どうして、君がここに……?」 
 震える声を発しながらも、ポーテンコは愛しい人を抱き寄せる。
「ここに来てはいけないとわかっている。でも、そうしなければ行けなくなったの……。このままでは始祖さまは、私たちの中ツ空は滅びてしまう。お願い、あの子を、私たちの娘を助けて……」
 彼女の上擦った言葉に、ポーテンコは優しく眼を細めていた。そっと彼女の髪を梳きながら、ポーテンコは彼女の顔を覗き込む。
「なにがあったの。愛しい{女}(ひと)……」
 潤んだ眼をポーテンコに向けながら、彼女は大粒の涙を零こぼした。

 


 凪ないだ湖面には、星空が映るばかりだ。綺羅星が輝く夜空を、虚ろ竜の陰影が優美に泳いでいる。それでもポーテンコは、その陰影を見て悲しみに囚われることはなかった。
「大丈夫だよ、愛しい女。約束は必ず守る……」
 そっと眼を伏せ、ポーテンコは決意を口にする。空を仰ぐと、彼女が白銀の翼をはためかせながら星空へと昇っていく姿が認められた。
 早く、ここから去って欲しいと願ってしまう。もっとも、護衛に人形たちを数体つけたから問題はないと思うが。
「あれが、ポーテンコの恋人?」
 少年の声がポーテンコにかけられる。背後へと振り向くと、片眼鏡を輝かせたマーペリアが優しい微笑みを顔に浮かべていた。
「マーペリア……」
「大丈夫、父さんには内緒ないしょにしておくから」
 そっと人差し指を唇にあて、マーペリアは楽しげに眼を歪める。その翠色の眼を見て、ポーテンコは苦笑を浮かべていた。
 まさか、自分たちの敵が接触を図ってくるとは思わなかった。笑みを深め、ポーテンコはマーペリアに問う。
「何のようだ、若草?」
「うん、金糸雀と緋色のことでちょっと……」
 両手を後ろ手にくみ、マーペリアは首を傾げてみせる。彼の癖のついた若竹色の髪がさらりと首筋を流れていった。

 

 


 星空が湖面を美しく輝かせている。
 あの日、彼女と再会した出来事を思いだしながら、ポーテンコは湖へと落ちていく。
 激痛が走って、左腕へと顔を向ける。肘から下にあるはずの腕が失われ、そこから大量の血が流れ出ていた。
 赤い血を見て、ポーテンコは嗤う。
 自分の父親は人の形をしていないのに、自分の血は赤い。そして、自分の腕を食いちぎった化物は、その人間だったのだから。
 空に顔を向けると、こちらを睥睨する緑の竜と眼があった。口元を歪め、ポーテンコは嘲笑を竜へと向けてみせる。
 瞬間、冷たい水が背中を濡らす。
 湖に落ちたとわかった瞬間、ポーテンコの体は水中へと没していた。
 水中を泳ぐ魚たちがポーテンコの体を取り巻く。白銀に輝く魚たちは、彼女の鱗を思わせた。
 ――。
 気泡を吐きながら、ポーテンコは彼女の名を呼ぶ。
 だが、その言葉に応えてくれる者はいない。
 ふっと、彼女の面差しを引き継いだ娘の顔が脳裏にちらついて、ポーテンコは微笑んでいた。
 弟とともに彼女は無事に故郷へと帰ることができただろうか。愛しい彼女がいるあの場所へ。
 蒼い空が美しい、あの場所へ。
 あの日、ポーテンコは約束した。
 彼女たちと中ツ空を守ることを。そして、今度こそ彼女とともに中ツ空へと旅立つことを。
 けれど、その約束を果たすことはできそうにない。
 冷たい水に沈んでいく体が重くなっていく。ゆっくりと体が沈んでいくことを感じながら、ポーテンコは自身の意識が遠ざかっていくのを感じていた。
 大丈夫だ。
 中ツ空にいるかぎり、ヴィーヴォたちが教会に何かをされることはない。なぜなら、彼らはヴェ―ロとヴィーヴォがいなければ、中ツ空に手を出すことすらできないのだから。
 二人が揃わなければ、あれを動かすことは出来ない。
 思い残すことと言ったら、娘たちになにもしてあげられなかったことだろうか。
 ――。
 娘たちに託した言葉を呟き。ポーテンコはゆっくりと眼を瞑る。暗くなっていく視界に映る水面は、まるで竜の鱗のように煌めいていた。


 


 湖の水面をうねらせ、緑の竜が湖中へと没する。竜の背に乗るマーペリアは、大きな僧衣をゆらめかせながら冷たい水中を泳ぐ。マーペリアの視線の先には、沈んでいくポーテンコの姿があった。
 左腕を失っているものの、ポーテンコの体はあらかた原型を留めている。
 よかったとマーペリアは安堵に微笑む。
 沈んでいくポーテンコの体を片手で抱き寄せる。胸に耳をあてると、弱々しい鼓動が耳朶を打った。
 ポーテンコは生きている。
 あぁ、よかったとマーペリアは笑みを深めていた。
 これでポーテンコも中ツ空へと連れていくことが出来る。
 僧衣の懐に手を入れ、マーペリアは水晶でできた瓶をとりだす。瓶の中には、毒々しい色をした赤い液体が入っていた。瓶の蓋を口で開け、マーペリアは赤い液体を口に含む。
 唇を喜悦に歪め、マーペリアは自身のそれをポーテンコの唇に重ねてていた。

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