​花吐き少年と、虚ろ竜

帰郷

Tio estas, de knabo kaj kava drako kraĉ floro filino de la historio de amo.

 ヴェ―ロたちが乗っている虚ろ竜は、ヴェーロの祖母にあたる人だという。苔むした彼女の体は深い森林でおおわれ、背中には峻厳とした水晶の峰が並び立つ。
 そこは、ヴィーヴォと暮らしていた巣の周辺にどこか似ていた。妙な懐かしさを覚えながら、ヴェーロは水晶の峰の側にある森の小高い崖を目指していた。
 りぃん、りぃんと音を鳴らす菖蒲の形をした灯花が崖の中腹に生えている。その灯花たちの花畑へと、ヴェーロは降りたっていた。
「僕たちの、巣?」
 ヴェーロの背の上で、ヴィーヴォが唖然とした声をあげる。彼の言葉に、ヴェーロは花畑の後方にある崖へと眼を向けた。
 そこにある暗闇杉で作られた扉を見て、ヴェーロは大きく眼を見開いていた。
 扉には大きな閂がつき、人間用の小さな入り口も設けられている。
 ヴェ―ロたちの巣につけられていた扉とそっくりだ。
「誰が、こんなものを……」
 するりとヴィーヴォが背から降りたち、小さく言葉を呟く。彼を歓迎するように、灯花たちは可憐な音をたてる。
 その音を合図に、人間用の扉を開け放ちこちらへと駆けてくる者がいた。
 それは、一人の少女だった。四、五歳ぐらいの外見の彼女は、長い銀髪を靡かせながら大きな蒼い眼をこちらへと向けてくる。
 背には、白銀の竜の翼。その翼をはためかせ、少女はヴィーヴォたちのもとへと飛んできた。
「お兄ちゃんっ!」
「うわっ!」
 少女はヴィーヴォの胸に跳び込み、彼を押し倒す。驚くヴィーヴォを他所よそに、彼女は舌でヴィーヴォの頬を舐め始めた。
「きゅんっ!」
 ヴェーロは鼻先を使って、彼女をヴィーヴォから引き離す。少女は、ヴィーヴォの隣に仰向けに倒れ込んだ。
「Kial al diri? Fratino ......(なんで意地悪するの……? お姉ちゃん……)」
 悲しげに大きな眼を歪め、少女は泣きそうな声を発する。少女の眼を見て、ヴェーロはあることに気がついた。
 どこか、彼女の面差しが幼い頃の自分に似ている。
「ヴェーロ、この子……」
「きゅん」
 ヴィーヴォの言葉に、ヴェーロは鳴いて少女の姿へと転じていた。
「卵の赤ちゃん? 竜の妹……?」
 こくりと首を傾げるヴェーロの視界に、嬉しそうに笑顔を浮かべる少女の姿が映りこむ。少女は跳び起きると、ヴェーロに跳びついてきた。
「お姉ちゃんっ!」
「あっ……」
 驚くヴェーロを見あげ、少女はまん丸な眼を輝かせてみせる。あまりの愛らしさに、ヴェーロは思わず彼女を抱きしめていた。
「可愛い……」
「よかった。仲良くしてしてくれて……」
 そんなヴェ―ロの言葉に、応える声がある。驚いて声のした前方へと顔を向けると、人間用の扉から女性が姿を現した。豊かな胸を銀髪で覆った彼女は、蒼い眼を自分に向けてくる。
 ヴェーロの母親だ。
 柔和な笑みを浮かべながら、彼女は自分たちのもとへと飛んでくる。
「お義母さん……。あの、この子」
 起き上がったヴィーヴォが居住いずまいを正し、彼女へと声をかける。母は優しくヴィーヴォに微笑み、口を開いた。
「はい、この子はあなたに助けていただいた、私とポーテンコの娘です。ここであなたたちに会えるのを、ずっと楽しみにしていました」
「でも、ここに来たときこの子は卵で……」
「私とこの子を、何度かポーテンコがあなたと娘の巣に連れて行ってくれたんです。この子が卵の中で過ごしていた場所に行きたいって、あの人に駄々をこねて……」
 そっとヴェーロのもとへと母がやってくる。彼女はヴェ―ロの抱きしめる妹の頭をなで、ヴィーヴォに苦笑を送ってみせた。
「それで、この子があの場所を真似てここを作ったんです。お兄ちゃんとお姉ちゃんとパパと一緒に、ここで暮らしたいって……」
「兄さん、いつのまにそんな……」
「あなたたちがあの場所を去ったあと、何度かポーテンコには会いに行きました。この子のこともありますし……」
「Panjo ……(お母さん……)」
 顔を曇らせ、母は妹を見つめる。悲しげにゆれる彼女の眼を見て、ヴェーロは口を開いていた。
「お父さんは、ちゃんと竜たちが連れてくる。だから、お母さんたちはここで待ってて」
 真摯な眼差しを母に向け、ヴェーロは誓いの言葉を告げる。ヴェーロの言葉に、ヴィーヴォも力強く頷いていた。
「兄さんは、必ず僕たちが救い出します。だから、ここから離れることを許してください」
「お母さん……」
 ヴィーヴォの言葉に促され、ヴェーロは母に声をかける。母は困惑した様子で眼を曇らせ、言葉を返した。
「あなたたちの気持ちはよく分かったわ。だから、あなたたちに託したいものがもう一つあるの。見てくれるかしら?」

 

 

 ヴェ―ロたちの巣とそっくりな暗闇杉の扉を潜ると、そこには円柱の形をした吹き抜けの洞窟と、空っぽの壁龕が幾つも開いた石英の壁があった。
 ヴェ―ロたちの巣と異なる所といったら、正面の壁龕に始祖の竜の彫像ではなく、石英の石牢が設けられていることだ。
 その石牢の中に、緑の鱗を持つ虚ろ竜がいた。もとは翠色に輝いていたであろう彼女の眼は白緑に濁り、焦点が定まっていない。
 その眼の色にヴェーロは妙な既視感を覚えていた。
 彼女の眼の色は、若草のそれとそっくりだ。
 眼が見えないのだろうか。それでも彼女は扉が開いた音に気がつき、顔をあげてみせた。
「マーペリア?」
 ヴィーヴォが驚いた様子で小さな声を発する。横にいる彼を見つめる。彼はじっと牢の中の竜を見つめていた。そんな竜の牢獄へと、ヴェ―ロの妹が駆け寄っていく。
「Onklino, Genki?(おばさん、元気?)」
 妹は元気よく竜に声をかける。竜は濁った眼を嬉しそうに細め、鼻先を妹へと近づけた。
「ここは、本来彼女が幽閉されている場所でした。この子は彼女が独りじゃ可哀想だって、勝手にここに巣を作り出して……」
「彼女は、一体……?」
 ヴィーヴォの言葉に母は顔を曇らせる。伏せた眼を牢獄の竜へと送り、彼女は言った。
「彼女は罪人です。原初の昔、私たち虚ろ竜は父である始祖の竜と交わることで仔を成していました。ですが、始祖の竜は水底へと落ち、水底の生命は我らが父を大地として繁栄した。水底へ落ちた始祖の竜を取り戻すべく、私たちの祖先は水底へ攻め入った。水底の生命を愛する始祖の竜は娘たちの蛮行に涙しました。そして、始祖の竜の嘆きに応えた虚ろ竜がいた――」
 そっと母はヴェーロへと眼を向ける。悲しげに潤んだ眼をヴェーロへと向けながら、彼女は虚ろ世界の神話を語り続ける。
「それが、私たち銀翼の一族の長たる銀翼の女王です。あなたたち花吐きの住まう聖都がその亡骸であることはご存知ですよね。あなたたちの先祖が、彼女と始祖の竜のあいだに出来たことも」
「ええ、散々聖典で教わりました」
 母の言葉にヴィーヴォが苦笑を浮かべる。そんなヴィーヴォに笑みを送り、母は言葉を続けた。
「彼女は私たち銀翼の一族に使命を課しました。水底と中ツ空を分かつ天蓋を守り、虚ろ竜たちの水底への侵入を防ぐという使命を。彼女は花吐きに恋した虚ろ竜のみを、子孫を残すため水底に降ろすことを許したのです。それに反したものは処罰される掟をつくって。
その掟の名のもとに私たち年若い銀翼の一族たちは天蓋の側にとどまり、水底を守り続けています。けれど、水底へと降りようとする愚かな者もいる……。彼女は、その禁を犯しここに閉じ込められているのです」
 母が語りを終える。
 その言葉に反応するように、牢獄の竜が寂しげに嘶いた。同時に、ヴェーロの頭に声が響き渡る。

 ――私は、たしかに罪人です。でも、あの子にマーペリアに罪はない……。

「なに……これ……?」
「ヴェーロにも、聞こえるの?」
 ヴィーヴォが驚いた様子で声をかけてくる。とっさに、ヴェーロは彼へと顔を向けていた。
「マーペリアって、若草のこと?」
 自分たちを聖都の地下牢で襲った緑の竜のことを、ヴェーロは思いだしていた。驚くヴェーロに若草は告げたのだ。
 ――君の一族に、母親を殺されたと。
 そして、牢獄に閉じ込められた虚ろ竜の眼は、若草のそれを想わせる。この人は、もしかしたら若草の母親ではないだろうか。
「そうだよ、ヴェーロ……。マーペリアは若草の名前だ。たぶん、この人は……」
「当たり、マーペリアのお母さんだよ。ヴィーヴォ……」
 頭上から、声が降ってくる。驚いてヴェーロは声のした牢獄の上方を見あげた。
 牢獄の上方には大きな壁龕が設けられ、長光草で作られ巻物や書物が積み上げられている。その書物に隠れるようにして、金髪の少年が横になり本を読んでいた。
「金糸雀っ!」
「よぅ……。何でここにいるの? 緋色がお前を虐めてるはずなんだけど? あぁ、ぶっ飛ばしてきたわけか。お前は、泣き虫のくせして強かったからな」
 書物から顔を離し、彼は眠たそうな赤い三白眼をヴェ―ロたちに向けてくる。あくびをして、彼はヴィーヴォに告げた。
「あのさ、庭師さん助るついでに、マーペもここに連れてきてくれない? あいつ、お前の上をいく竜フェチな上にマザコンだからさ。母ちゃんを救うべく、中ツ空を襲おうとしてるのよ……。めんどくさいから、マーペリアとめてきて……」
 ひょっと本に顔を戻し、彼は言葉を告げる。
「ちょ、めんどくさいって何だよっ? それに君はなんでいつもそんなにマイペースなんだっ? よくわからないけど、君は始祖の竜な訳だよね。僕たちの神様だよねっ? その神さまが、その態度ってっ――」
「お前にしか止められないから、俺はめんどくさいって言ってる――」
 凛りんとした彼の声が、ヴィーヴォの怒鳴り声を遮る。眼を鋭く細め、彼はヴィーヴォを見すえてきた。
「お前にしかできない。銀翼の女王に愛された、お前にしか……。マーペリアはお前にしか心を開いたことがないんだ。俺たちじゃだめ。あいつは、ずっと一緒にいた俺たちの言葉に、耳すら貸してくれなかった」
 体を起こし、彼は言葉を続ける。持っていた本を閉じ、彼はその本をぎゅっと抱きしめた。俯うつむいた彼の眼は、暗く淀んでいる。
「やめてくれって何度も言った。ローガだけは見逃してくれって……。俺は、ローガを食べたくないって……。でも、あいつは俺を竜にして、俺にローガを喰わせようとしたんだ……。笑いながら、竜になって苦しむ俺を愉しげに見つめて……。あいつは、泣いてたんだ……」
 抱きしめた本に顔を埋め、金糸雀は黙り込む。彼がすすり泣く声が聞こえる。ヴィーヴォはじっと、彼を見つめたまま動かなくなった。
「お願いだ。ヴィーヴォ……。マーペリアを助けて……」
 ヴィーヴォに涙に濡れた彼の眼が向けられる。ヴィーヴォは辛そうに金糸雀から眼を逸らし、言葉を続けた。
「どうして、僕なんだ? みんな、どうして僕を選ぶの?」
 ヴィーヴォの顔が、こちらに向けられる。ヴェーロは迷わず彼の手を握りしめていた。驚いた様子で、ヴィーヴォは大きく眼を見開く。
「竜は、ヴィーヴォが好き。竜を孵してくれて、この世界のことを教えてくれたヴィーヴォが好き。ヴィーヴォの歌が好き。それじゃ、駄目?」
 驚いたように眼を見開き、ヴィーヴォが笑顔を浮かべてくれる。そっとヴェーロの手を握り返し、彼は言葉を続けた。
「うん、そうだ。それでいいんだ……」
「ヴィーヴォ」
 涙ぐむ彼の顔をヴェーロは覗き込む。ヴィーヴォは眼を拭って、ヴェーロに言葉を返した。
「ヴェーロ、僕の友人を一緒に助けて欲しい。これは君にしか頼めないことなんだ。僕を信頼してくれる、君にしか……」
「うん、一緒に若草を助けよう」
 そして、みんなで中ツ空に再び帰ろう。
 そんな思いを胸に、ヴェーロはヴィーヴォに笑顔を向ける。ヴィーヴォは嬉しそうに眼を潤ませ、ヴェーロを優しく抱きしめてくれた。
 

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