​花吐き少年と、虚ろ竜

灯花の丘

Tio estas, de knabo kaj kava drako kraĉ floro filino de la historio de amo.

 りぃん、りぃんと灯花たちが別れを惜しむように音を奏でる。ヴィーヴォは寂しそうに微笑んで、灯花の一輪に唇を落とした。竜の姿をとったヴェーロは首を曲げてそんなヴィーヴォを見つめてみせる。
「ごめんね。また、みんなのところに戻ってくるから……」
 灯花たちをなで、ヴィーヴォは笑みを深めてみせる。
「お兄ちゃん……」
 そんなヴィーヴォに、声をかける者がいた。自分たちの正面にいるヴェーロの妹が、悲しげな蒼い眼でこちらを見つめている。眼を妹に向け、ヴィーヴォは微笑んでみせる。そっと妹の頭をなでながら、ヴィーヴォは彼女に言葉をかけた。
「大丈夫、ちゃんと君のお父さんとここに戻ってくるから。そうしたら、みんなでお肉でもたべよっか。角猪のお肉食べたことある? 君のお姉さんの大好物なんだよ」
「うん」
 ヴィーヴォの言葉に、妹は笑顔を浮かべてみせた。
「それに、おばちゃんが寂しくないように、おばちゃんの息子も一緒に連れてきてあげる……」
「お願いね、お兄ちゃん……」
 蒼い眼を潤ませ、妹はヴィーヴォを見あげる。
「お願いします。夜色さま……」
 そんなヴィーヴォにヴェーロの母が声をかける。ヴィーヴォは苦笑を顔に浮かべ、母を見つめた。
「あなたにとっての夜色は、僕じゃないですよ。僕はヴィーヴォ。あなたが愛した夜色の弟です。だから、あなたのもとにあなたの夜色を連れ帰ります。僕自身のためにも――」
「きゅんっ!」
 ヴィーヴォの言葉に、ヴェーロは鳴いてみせる。そっとヴェーロの脇腹をなで、ヴィーヴォは自分を見あげてきた。
「行こう愛しい{女}(ひと)。僕たちの大切なものを取り戻すために、水底へ帰ろう……」
「きゅんっ!」
 白銀の翼をはためかせ、ヴェーロは彼の言葉に応える。ヴィーヴォは地面を蹴って、ヴィーヴォの背中へと跳び乗った。
「行こう、ヴェーロ。水底へ、僕たちの故郷へ」
 ヴィーヴォの声を合図に、ヴェーロは蒼い空へと飛び立つ。ヴェーロの蒼い眼に、藍色の花畑が映りこむ。その花畑には、自分たちに手を振ってくれる愛しい家族が立っていた。
「きゅんっ!」
 母と妹に鳴き声を発し、ヴェーロは祖母である虚ろ竜の大地から離れていく。
 苔むした彼女の頭を通りすぎると、大きな蒼い眼が自分たちに微笑みかけてくれた。その眼に、笑顔を浮かべながら手を振るヴィーヴォの姿が映りこむ。
 頭上を仰ぐと、空を泳ぐ巨大な虚ろ竜たちがいた。巨大な山脈や森を背に乗せ泳ぐ彼女たちの背は、文字通り一つの世界だ。そんな竜たちの間を、小島の大きさの竜たちが飛び回っている。
 あと何万年か生きるとヴェーロもあのくらい大きくなれるらしい。
 でも、そのためには――
「ヴェ―ロ、今は大切な人たちを助けることだけ考えよう……」
 ヴィーヴォの優しい声が耳朶を叩く。そっと背中の鬣をなでられて、ヴェーロは心地よさに喉を鳴らしていた。
 そう、ヴィーヴォの言うとおりだ。
 いまは、お父さんを助けることだけに集中しよう。そして、若草を中ツ空にいるお母さんに会わせてあげよう。
「きゅん!」
 力強く鳴いて、ヴェーロは急降下していく。眼下には、蒼い空が途切れ夜闇が続く水底の空がある。
 その星空めがけ、ヴェーロは落ちていく。暗い空に煌めく星々はヴェーロを避け、水のように流動を繰くり返す。
 お母さんが妹を迎えに来たことを思いだして、ヴェーロは微笑んでいた。
 巨大なお母さんの頭を避けるように、星たちはこんな動きをしていた。あのときは星空の向こう側に行けるなんて思いもしなかった。
 愛しいヴィーヴォと一緒に、虚ろ竜たちの故郷にいけるなんて、考えもしなかった。
「ヴェーロ、絶対に兄さんを助けて、中ツ空に帰ろうね……」
 ヴィーヴォの優しい言葉が耳朶を打つ。
「きゅん」
 その声にヴェーロは弾んだ鳴き声を返していた。
「そしたらねヴェーロ、君にお願いが……」
 ヴィーヴォの言葉が不意に途切れる。不審に思って、ヴェーロは背中へと顔を向けていた。するりと、背中から落ちるヴィーヴォの姿が視界のすみに映る。ヴェーロは大きく眼を見開き、落ちていく彼の体を追っていた。
「ヴィーヴォっ!」
 竜の体を輝かせヴェーロは少女の姿をとる。ぐんぐんと落ちていく彼の体を抱きとめ、ヴェーロは地上へと視界を向けた。
 藍色の灯花が大地を埋めつくしている。なだからな丘陵を埋め尽くす灯花は、聞きなれた音を発していた。
 しゃらん。しゃらん……。
 それは、ヴィーヴォの母親が吐いた灯花の音だ。どうしてこんなところに彼女が吐いた花が咲き乱れているのだろうか。
 ヴィーヴォを抱きしめたまま、ヴェーロは花畑の中へと落ちていく。落ちてきた二人の体を、灯花たちは優しく受けとめた。
「ヴィーヴォっ!」
 腕の中にいる彼に、ヴェーロは叫んでいた。覗き込んだヴィーヴォは固く眼を閉じ、ヴェーロの言葉に応えることはない。
 彼の体が急速に冷たくなっていることに気がつき、ヴェーロは眼を見開いていた。胸に手を充てると、弱々しい鼓動が掌を通じて伝わってくる。
 ヴィーヴォが死にかけている。
 ヴェーロは顔を歪め、ヴィーヴォの唇を奪っていた。何度も彼の唇に口づけをして、自分の命を分け与える。
 それでも、ヴィーヴォは眼を覚まさない。
「どうして……。どうして……。ヴィーヴォ! ヴィーヴォ!」
 ヴェーロの眼から、大粒の涙が零れ彼の頬を濡らしていく。その涙が彼の長い睫毛にかかった瞬間、閉じられていた眼がかすかに動いた。
「泣かないで、愛しい女……」
 弱々しい声が彼の唇から紡がれる。ヴィーヴォはうっすらと眼を開け、ヴェーロの頬に手を充てた。彼はその手を動かし、人差し指でヴェーロの涙を掬う。
「ごめんね、ヴェーロ……。思ったより早く、僕の命はつきそうだ……。君といられる時間も、もうあまり残されていないみたい……」
「ヴィーヴォ……」
 星の瞬く黒い眼を細め、ヴィーヴォは弱々しく微笑んでみせる。彼の放った言葉に、ヴェーロは言葉を失っていた。
 ヴィーヴォの命が尽きる。それは、彼がこの世から完全に消えることを意味している。
 花吐きの魂は、花を吐くごとに削られ最後には消滅する。他の命と違い、ヴィーヴォは死んで生まれ変わることすらできないのだ。
「だから、僕はこれから君にとても酷いことをする。君は、きっと僕を許してくれない。それでも僕は、僕が生きた証を君に残したいんだ……」
「ヴィーヴォ……?」
 そっと彼が自分の背中に手をのばしてくる。ヴィーヴォはヴェ―ロを強く抱き寄せ、耳元で囁いた。
「君は、卵が欲しいって僕に言ったよね……。僕も、君に卵をあげたい……。僕の命が尽きる前に……。君が独りにならないように……。僕は、君を……」
 震える彼の唇が、ヴェーロのそれに宛てられる。眼前に彼の潤んだ眼がある。ヴェーロは大きく眼を見開き、彼を見返すことしかできない。
「ヴィーヴォ……」
「嫌?」
 唇を離した彼が、縋るようにヴェーロを見つめてくる。寂しそうなその眼差しから、ヴェーロは眼を逸らすことができなかった。
「ヴェーロ……愛してる……」
 甘い言葉を耳元で囁かれる。
 むせるような花の香りが彼からして、ヴェーロの鼻孔に広がる。その香りに、酔ってしまいそうだ。
 うっとりと眼を細め、ヴェーロは彼を見つめる。
 ヴィーヴォは優しく微笑んで、ヴェーロの唇を再び塞いだ。

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