​花吐き少年と、虚ろ竜

温室と子守歌

Tio estas, de knabo kaj kava drako kraĉ floro filino de la historio de amo.

 銀翼の女王の竜骸を取り囲むように、花吐きたちの霊廟はある。色の一族が所有する霊廟は水晶で造られた温室を中心に細長い形をしており、銀翼の女王を取り囲んでいる。その一角である黒の一族の霊廟から、叫び声と轟音が聞こえた。

 

 人を殺めた記憶はない。
 ヴィーヴォに残っているのは、大きな喪失感と絶望だった。気がついたとき自分は兄に抱かれ、聖都の外縁街を移動していたのだ。
 兄は反逆者と戦った花吐きたちと、粛々と銀翼の女王へ続く道を歩いていた。歯車に抱かれた巨大な竜の遺骸は、無数の灯花に照らされて闇夜に浮かびあがっている。
 そして、人々は狂ったようにヴィーヴォに歓声を送っていた。
 ――夜色さまが反逆者を始末なさったと……。
 何が起こったのかヴィーヴォにはすぐ分かった。
 兄が自分に人を殺させたのだ――

 

 

 


「いやああああぁあああああああ!」
 光りの差さない霊廟の一室で、ヴィーヴォは泣き叫ぶ。その悲痛な叫びに合わせ、うねる灯花たちが石英で造られた部屋の壁を傷つけていく。
 自分が、人を殺した。
 その事実を知ったヴィーヴォは、花吐きとしての力を暴走させたのだ。泣き叫ぶヴィーヴォに呼応し、ヴィーヴォの吐いた灯花は蔓の鞭となって外縁街の人々に襲いかかった。
 兄と花吐きたちに捕らえられ、ヴィーヴォはこの窓のない部屋に閉じ込められた。
 植物と同じように地球の光から力を得ている花吐きは、光を浴びないとその力を弱らせる性質を持つ。それでもヴィーヴォを取り囲む灯花たちは暴走を辞めず、ヴィーヴォの叫び声に合わせて暴れ続けているのだ。
 聖都に来て一年が経つ。
 花吐きを管理する庭師師の職をに就く兄は、自分を厳しく教育した。特に黒の一族に伝わる人形術の修得は苛烈を極めた。
 それでも、ヴィーヴォは耐えた。疲れ切ったヴィーヴォにポーテンコは優しく子守歌をうたってくれたから。
 母であるサンコタの子守歌を――
 黒い一族のことなどどうでもいい。ヴィーヴォは兄に自分を託した母のために、夜色の名に恥じない存在になるべく奮闘していた。そして、厳しくも優しい兄に応えたかった。
 その答えが、これなのだ。
 人を殺した感触も、記憶すらもヴィーヴォにはない。
 それでも、胸に重くのしかかる罪の意識はヴィーヴォを放してはくれなかった。
「お願い、とまって!」
 そのときだ。高い少年の声が辺りに響いたのは。
 驚きにヴィーヴォは眼を見開いていた。この部屋に入れるのは、兄を除いて一部の者たちだけだ。
 例えば、会ったことすらない自分と同じ二つ名の花吐きたち。
 赤く腫れた眼を擦って、ヴィーヴォは辺りを見回す。すっかり大人しくなった灯花たちが、そんなヴィーヴォを慰めるように蔓状になった茎をくるくると動かしながら輝く。
 瞬間、ヴィーヴォを閉じ込めるように灯花たちは檻のような形をとり始めた。
「え……なに?」
「だから、彼を傷つけたりはしないよ……」
 その檻を覗き込んでくる人物がいる。
 桜色の光を放つ銀の眼が印象的だった。さらりと横向きに纏まとめた髪を滑らせながら、その少年は灯花の檻に捕らえたれたヴィーヴォを見つめてくる。
「やっぱりそうだ……。僕の、運命の人……」
 うっとりと眼を細め、少年はヴィーヴォに手をのばしてくる。彼の手が伸びるのと同時に灯花たちの檻は静かに崩れていった。
 りぃんりぃんと花たちは元の形を取り戻し美しい音色を奏でだす。そんな灯花たちに笑顔を送りながら、少年はヴィーヴォの頬に手を添えてきた。
 片膝をつき彼はヴィーヴォに微笑みかける。
「こんにちは。僕の名前は{koralaj}(コーララフ)。君に命を救われたものだ。だから、君にこの名前を捧げたいと思う……。僕の愛しい夜色に……」
 優しい少年の声が、ヴィーヴォの耳朶を打つ。ヴィーヴォは唖然と少年を見つめていた。
「あの……あなたは……」
「あぁ、君の正式なお披露目はまだ先だったし、こうやって会うのは初めてだよね。こんにちは、夜色。人は僕のことを珊瑚色って呼ぶよ」
「僕と同じ、二つ名……?」
「そう、そして君に命を救われたものでもある」
 驚くヴィーヴォの顔を覗き込み、珊瑚色は嬉しそうに眼を細める。彼はヴィーヴォの頬を両手で包み込み、そっとヴィーヴォの額に唇を寄せた。
「これから僕は、この命を君に捧げよう。君が君の名を教えてくれるその日まで、僕は君のしもべだ。愛してる、夜色……」
 彼の唇が愛の言葉を囁く。その告白に、ヴィーヴォは背筋が凍るのを感じていた。
 聖都で男同士の恋愛が嗜みとなっていたことは兄から聞いている。兄が、その毒牙から自分を守るために自分を公の場に連れて行かないことも。
 日々の修練が忙しく、ヴィーヴォは黒の一族の屋敷から出ることがなかった。兄や屋敷の使用人、そして母の幼馴染だったという教皇とその息子にしかヴィーヴォは面識がない。
 だからこそ、ヴィーヴォは男に告白されるという衝撃的な経験をすることもなかった。
 今日、このときまでは――
 それでもヴィーヴォは震える声を発する。
「あの、僕はヴィーヴォっていいます。あなたと同じ夜色の二つ名を継ぐ者です……」
「名前を、教えてくれるのっ!」
 ずいっと珊瑚色が身を乗り出し、ヴィーヴォに接近してくる。
 息がかかるほど彼の顔がすぐそばにある。珊瑚色の肩を抱いて、ヴィーヴォは彼から引き離す。
「あと、僕は一応、男です……」
「へっ?」
 ヴィーヴォの言葉に、珊瑚色の動きが止まった。彼はにこやかな笑顔を浮かべながら、ヴィーヴォを見つめるばかりだ。
「だって君、どこからどう見ても女の子――」
「男ですっ!」
 ヴィーヴォは彼の言葉を遮る。珊瑚色は大きく眼を見開き、口を開いた。
「えぇえええええええええええ!」
「なんなんですか、一体っ?」
 声を上げる彼をヴィーヴォは怒鳴りつけていた。兄に会ったときも、教皇と謁見したときも自分は女の子だと間違えられた。
 それに、あの子も――
「あなたといい、マーペといいなんなんだよ……。まったく……」
「マーペ?」
 ぴたりと珊瑚色の悲鳴がやむ。彼は不思議そうにヴィーヴォの顔を覗き込んできた。
「マーペって、教皇のお子さん? 若草のこと?」
「はい、若草をご存じで?」
「まぁ、同じ二つ名の花吐きだけどね。でも、あの子は――」
 顔を曇らせ、珊瑚色は黙り込む。
 マーペはマーペリアの愛称だ。
 緑の一族の花吐である彼は、長年眠ったままの状態でいた。
 初めて会ったとき、マーペリアは寝台の上で死んだように眠っていたのだ。
 自分を彼に引き合わせたのは、教皇その人。誰にも心を開かず、眠ったままの彼の友人になって欲しいと彼はヴィーヴォに頼んできた。
 真摯な教皇の眼差しを見て、ヴィーヴォは頷くことしかできなかった。
 そんなマーペリアがつい最近眼を覚ましたのだ。ヴィーヴォの子守歌に導かれたと、彼は笑いながら話してくれたことがある。
 でも、彼は――
「あぁ、君が若草を起こした花吐きだったんだ。その話も有名だよ。霊廟の奥深くで眠るお姫さまを、一人の花吐きが起こしたって……」
「誰がそんな……」
 得意げに笑う珊瑚色の顔を見て、ヴィーヴォは顔を顰めていた。
 この虚ろ世界は、地球で眠る一人の少女の夢だという神話がある。神ともいえるその少女にとって、この世界は夢でしかないのだ。
 そんな少女の神話に因んで、聖都ではマーペリアを眠り姫と揶揄して呼ぶ者も多いい。
 彼が二つ名の花吐きであり、教皇の一人息子でありながら未だに公の場所に姿を現さない。
 その事実が彼への陰口を生みだしているらしい。
 マーペリア本人は、とてもそんな状態ではないというのに――
「あなたも、マーペを笑うの?」
 ヴィーヴォの声は固いものへと変わっていた。珊瑚色が驚いた様子でヴィーヴォを見つめてくる。
「ごめん、そんなつもりじゃなくて……。その……」
 困った様子で珊瑚色はヴィーヴォから視線を逸らし、髪を掻きだした。
「僕も若草には会ってみたいんだけど……」
「え……?」
「それに、君は少し庭師さんから離れた方がいいんじゃないかな……?」
 心配そうに珊瑚色はヴィーヴォを見つめてくる。そんな彼の眼差しからヴィーヴォは眼を放していた。
「君は、人殺しをさせたお兄さんと顔を合わせたい……? 僕は嫌だったよ。それでも、僕の兄さんは僕の望みを聞いてはくれなかった……。僕を求めたときだって……」
 ヴィーヴォの手を珊瑚色は優しく握りしめてくれる。ヴィーヴォを慰めるように微笑んで、彼は言葉を続けた。
「君は若草に、自分の友達に会いに行くべきだ。僕に送った反応が、それを示しているよ」

 

 

 

 若草の霊廟に父である教皇は入り浸っていることが多い。そのため、彼を実の息子を愛人にしている小児性愛者だと陰口を叩く者もいる。
 実際は、精神的に不安定な若草から眼が離せなくてそうなっているだけなのに。
 そう思いながら、ヴィーヴォは通いなれた緑の一族の霊廟を歩いていた。後ろを振り向くと、珊瑚色がヴィーヴォの手を握りしめ笑顔を浮かべている。はぁっとため息をついて、ヴィーヴォは前方へと顔を向けた。
 白緑の紫陽花あじさいの形をした灯花が、水晶でできた温室の中で咲き誇っている。その灯花の中心に、若竹色の癖毛をした少年が眠っていた。
 片眼鏡を温室の床に放りだし、彼は体を丸めて安らかな寝息をたてていた。
「これが、若草……?」
 背後にいる珊瑚色が彼へと近づこうとする。ヴィーヴォは繋つないだ彼の手をとっさに引いていた。
「ヴィーヴォ……?」
「近づくと、彼の灯花に切り刻まれます。若草は僕より用心深いから……」
 つい数日前のことを思いだし、ヴィーヴォは言葉を発していた。
 夜空を照らしていた夜光蝶の群れが数日前、聖都でみられた。あまりにも美しかったので蝶を捕まえてこの霊廟に足を踏み入れたら、若草の灯花は容赦なく蝶を閉じ込めていたランタンごと切り刻んだのだ。
 我を忘れたヴィーヴォと同じく、若草の灯花は主人を守るために敵とみなしたものを攻撃する。珊瑚色だって、こうして手を繋いで親しく話をしていなければ、同じ目にあっているだろう。
「ちょっと、じゃあどうやって――」
「歌えば、わかる」
 逡巡する珊瑚色にヴィーヴォは微笑んでみせる。そっと眠る若草へと顔を向け、ヴィーヴォは唇を開いた。
 故郷にいる母を思い、子守歌を紡ぐ。
 それは聖都に連れてこられたヴィーヴォにとって、心の支えともいえる歌だった。母が悲しいときに歌ってくれた、慰なぐさめの歌。
 その歌を眠ったままだった若草に聞かせていたら、彼は目覚めた。
 子マーペリアは、ヴィーヴォの歌に導かれて眼を覚ましたと言っていた。
 君が、オレを助けてくれたんだとも――
「ヴィーヴォ?」
 声が聞こえる。
 歌をやめると、マーペリアが嬉しそうに眼をうっすらと開けこちらを見つめてきた。
「泣き虫ヴィーヴォが自分から喜んでここに来るなんて、珍しいこともあるもんだね」
 そっと起き上がり、彼は床に置いてある片眼鏡をつける。髪をかきあげ、彼はヴィーヴォに笑ってみせた。
「えっと、君の後ろにいる何かピンク色っぽいものなに?」
 訝しげに彼が眼を歪め、ヴィーヴォの後方にいる珊瑚色を見つめてくる。
「あぁ、この人は」
「僕は珊瑚色! 君と同じ二つ名だよ、若草っ!」
 びっと片手をあげ、珊瑚色は弾んだ声を送る。マーペリアは困った様子で珊瑚色を見つめ、顔を逸らした。
「なんか、ウザいねこの人……」
「ちょ、若草っ!」
「もーつれないな……。同じ二つ名の花吐きだっていうのに……」
 ふうっと落胆した様子で肩を落とし、珊瑚色は若草に近づいていく。彼は若草の前で膝をつくと、おもむろに若草の顎を掬ってみせた。
「ヴィーヴォのように少女めいた可憐さはないけれど、狡猾そうなその眼差しが魅力的だね。金糸雀もいいと思ったけど、君と寝てみるのも悪くないかも」
「ヴィーヴォ、この人キモイから灯花で切り刻んでもいい?」
「耐えて、若草……」
 珊瑚色を冷めた眼で見つめながら、マーペリアは言葉を発する。ヴィーヴォは頭痛を覚えながらも、マーペリアを制した。
「君はヴィーヴォと名前で呼び合う仲なんだろ? だったら、僕もそこに加えて欲しい――」
「いや、それはヴィーヴォが聖都の風習を知らなくて、オレに間違って名前を教えちゃっただけですから。オレもヴィーヴォと同じで聖都で生まれ育ってないんで、ソッチ系には興味ないんです。彼とはあくまで友人関係です。切り刻んでいいですか?」
「耐えて、マーペ……。本当にごめんね!」
 冷たい言葉をはっするマーペリアに、ヴィーヴォは謝っていた。今更ながら、こんな人をマーペリアに引き合わせてしまったことに後悔の念を覚えてしまう。
「こらこら珊瑚色……君は私の息子まで毒牙にかけるつもりなのかい?」
 男性の声が温室に響き渡る。
 ヴィーヴォは思わず声のした後方へと顔を向けていた。若草の髪を伸ばした壮年の男性がこちらに苦笑を向けている。
 教皇。マーペリアの父親だ。
「父さんっ!」
「いたっ!」
 マーペリアは珊瑚色を引き離して、教皇のもとへと駆けていく。教皇は苦笑しながらも自分の胸に跳び込んできた息子を抱きしめていた。
「こらマーペ……。いい加減にこういうのはやめてくれないか?」
「だって、父さんとこうして触れ合えるのだって下手をすれば奇跡じゃないか……。もし、ヴィーヴォがオレを導いてくれなかったら……」
 悲しそうに眼を細め、マーペリアはヴィーヴォへと顔を向けてみせる。ヴィーヴォはそんな彼の眼差しを見て、あることを思いだしていた。
 マーペリアが、目覚めたときのことを。
 教皇に連れられてこの霊廟にやってきたとき、マーペリアは深い眠りに落ちていた。本来なら兄とそれほど歳が変わらないという彼は成長を止め、子供の姿のままで眠り続けていたのだ。
 どうしてそうなったのか、教皇は話してくれなかった。でも、彼が大切なものを失ったからだと震える声で話してくれたことは覚えている。
 そしてマーペリアが、虚ろ竜を母に持つということも。
 自分の父親は、先祖返りによって虚ろ竜に変異した花吐きだったが、マーペリアの母は中ツ空から降りてきた虚ろ竜だという。
 だからこそ、彼の側にいて欲しいと教皇は言った。
 同じ虚ろ竜の親を持つ者同士、お互いに分かり合って欲しいと。マーペリアはこの先も眼を覚まさないかもしれないが、君を慰めてくれる存在になるはずだと。
 だから、ヴィーヴォは彼に子守歌をうたった。
 マーペリアの母親は、中ツ空に帰ったそうだ。その寂しさから彼は心を閉ざし、目を覚まさないのかもしれないと教皇は語ってくれた。
 そんなマーペリアの境涯に、ヴィーヴォは自分と重なるものを感じていた。
 母と離れ、夜色の名を継いだ自分と同じ孤独こどくを。そんな孤独を抱えるマーペリアを、ヴィーヴォは慰めたいと思ってしまったのだ。
 そして、幾度目かの子守歌を聞かせた後、マーペリアは目覚める。
「ヴィーヴォ、どうしたんだい?」
 教皇に声をかけられヴィーヴォは我に返る。心配そうにこちらを見つめるマーペリアと眼があって、ヴィーヴォは笑みを取り繕つくろっていた。
「いえ、なんでも――」
「ヴィーヴォから血の香りがするんだ。夕顔の香りが……」
 ヴィーヴォの言葉をマーペリアが遮る。彼は辛そうに眼を伏せ、言葉を続けた。
「父さん、ヴィーヴォに人殺しをさせたんだね。オレとポーテンコと同じ思いをさせたんだね……」
「マーペ……」
 マーペリアの言葉に、教皇は口を紡ぐ。彼は息子を強く抱きしめ、弱々しく謝罪の言葉を口にした。
「すまない……。黒の一族の復興には、ヴィーヴォの力は必要なんだ。お前とポーテンコにあんな思いをさせてしまったことを償うためにも。ヴィーヴォは受け入れられないと思うが、仕方がないんだ……」
「父さんが赦しただけじゃ、ダメなんだ……」
 父の胸に顔を埋め、マーペリアは上擦ずった声をあげる。
 彼の言葉の意味をヴィーヴォは何となくだが察していた。
 女の花吐きは複数の夫を持つことを義務づけられる。それは、彼女たちの生む子が花吐きとして生まれてくるからだ。
 ヴィーヴォの母も例外ではなかった。彼女には生まれたときから複数の婚約者がおり、その中でも正式な婚約者として認められていたのが教皇なのだ。
 母が夜色を名乗っていた当時、二つ名の花吐きはとても少なかった。
 だからこそ、緑の長の後継者である教皇が母の将来の夫として担かつぎ出されたのだ。
 けれど、母は花吐きであった実の兄と関係を持ち聖都から去っていく。
 すべてを捨てて、母は実の兄を愛することを選んだ。
 その咎を受け、黒の一族が処罰されたこともヴィーヴォは知っている。自身の一族を処罰したのが、花吐きであった兄とマーペリアはであることも。
 教皇は一族の長であったマーペリアの祖母を失脚させ、自ら長となることで傍系と自分たち兄弟しか残されていなかった黒の一族を救ってくれた。
 兄であるポーテンコは、黒の長としてそんな教皇に忠義を示している。ヴィーヴォもまた、教皇の人柄に惹ひかれ彼を慕したっている。
 聖都にやってきたヴィーヴォを彼は実の息子のように気遣ってくれた。自分を裏切った婚約者の息子であるにも関わらず、彼は兄と自分をとても良く扱ってくれるのだ。
「僕は、大丈夫です……」
 ぽつりと、思いが声になる。教皇とマーペリアは驚いた様子でヴィーヴォを見つめてきた。
「ヴィーヴォ……」
 珊瑚色が心配そうにヴィーヴォの顔を見つめてくる。ヴィーヴォは曖昧に笑って、教皇のもとへと駆けていた。
 マーペリアのいる彼の胸の中に、ヴィーヴォは跳び込んでいく。驚いた様子で、教皇はよろめいた体を立て直し、ヴィーヴォを抱きしめていた。
「ヴィーヴォ……」
「僕にできることがあるなら、なんだってやります……。あなたとマーペリアのために……。でも、分かってるけど……兄さんのことを嫌いになりそうなんです……だから――」
 俯くヴィーヴォの頭にあたたかな感触が広がる。驚いて顔をあげると、教皇が自分の頭を優しくなでてくれていた。
「いいよ、しばらくマーペと一緒にいるといい……。それで、君の気が晴れるのなら」
 穏やかな言葉とともに、教皇はヴィーヴォに微笑みかけてくれる。その微笑みがどこか寂しそうで、ヴィーヴォは彼の顔から顔を逸らすことができなかった。
「ヴィーヴォ……」
 唖然とした声がする。
 そこに立つ人物を見てヴィーヴォは眼を見開いていた。
 ポーテンコが信じられない様子で自分を見つめている。その視線に耐えられず、ヴィーヴォは兄から眼を逸らしていた。兄から逃れるようにヴィーヴォは教皇の胸に顔を埋める。
「ヴィーヴォ……」
 そんな自分を教皇が優しく抱き寄せてくれる。
「そういうことだ。だから言っただろう。まだ、ヴィーヴォには早すぎたって……。それを君は……」
 教皇が顔をあげ、兄に冷たい言葉を送る。その言葉の意味を、ヴィーヴォはうっすらと察っすることができた。
 兄は教皇の反対を押し切って、自分に人を殺させたのだ。黒の一族の名声のために兄は、自分を名で縛り人を殺させた。
「兄さん……」
 その言葉を信じたくなくてヴィーヴォは兄へと顔を向けていた。
「ヴィーヴォ……」
 縋るようにポーテンコが自分を見つめてくる。だが、ヴィーヴォはその眼を見つめることができなかった。
 兄から顔を逸らし、ヴィーヴォは言葉を続ける。
「ごめん、兄さん。あなたとは、一緒にいられない……」

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