​花吐き少年と、虚ろ竜

花と子竜

Tio estas, de knabo kaj kava drako kraĉ floro filino de la historio de amo.

 人を裁くことが、黒の一族のためなのだとポーテンコは繰り返し言う。それが、自分たち黒の一族を救済してくれた教皇への恩返しでもあり、黒の一族の名を再び世に知らしめすために必要なことであることも、ヴィーヴォは理解している。
 それでも、人を殺すたびに自分の心が淀んでいくことにヴィーヴォは慣れることができなかった。
「また、ここに閉じ込められちゃったな……」
 苦笑が霊廟に響き渡る。ヴィーヴォは、虚ろ竜たちが彫られたアーチ状の天井をみあげる。
 りぃんと涼やか音がして、ヴィーヴォはそちらへと顔を向けていた。
 さきほどまでヴィーヴォの慟哭に合わせ暴走していた灯花たちが、慰めるように音をはっしている。風信子の形をした灯花たちは、優しい光をヴィーヴォに投げかけていた。
「名前、呼ばれてないなぁ……」
 ふと、自分の名前を呼んでくれる者がいないことに気がつき、ヴィーヴォは口を開いていた。
 自分の霊廟で寝起きをするようになって一年近くが経つ。黒の一族の屋敷に戻らなくなったヴィーヴォを、ポーテンコは夜色さまとしか呼ばなくなった。
 兄はまるで自分が高貴な存在であるかのように、敬語を使い冷たい眼差しを向けてくる。
 りぃんと灯花が鳴ってヴィーヴォは我に返る。ヴィーヴォは微笑み、花たちに話しかけていた。
「君たちがいるから、寂しくないよ」
 ヴィーヴォが吐いた花たちは、ずっと側にいてくれる。霊廟に閉じ込められてばかりいる自分を心配し、側を離れようとしないのだ。
「君たちはここにずっといちゃいけない。僕みたいに囚とらわれのお姫様になっちゃだめだよ」
 眼を細め、ヴィーヴォは悲しげな眼差しを灯花に送っていた。
 彼らは新たな命を始めるために自分の側から離れなければいけない存在だ。
 こんなところにいていいはずながい。
 暗く、陰謀が渦巻く聖都になど――
 ヴィーヴォは天井を仰ぐ。天井には、星空を飛ぶ虚ろ竜のレリーフが描かれている。小さな人々を乗せた彼女たちを見つめ、ヴィーヴォは呟いていた。
「見てみたいな、太陽……」
 そっとレリーフに手を翳し、中心に描かれた球体を見つめる。
 この闇に閉ざされた水底と違い、虚ろ竜たちの住まう中ツ空は太陽という輝きによって光に満ちているという。
 光が見たいとヴィーヴォは思う。この、聖都から自分を連れ出してくれる存在が。
「連れてってよ……。僕も君たちのところへ……」
 天井に描かれた虚ろ竜にヴィーヴォは囁きかける。瞬間、轟音が霊廟に響き渡った。
「なにっ?」
 りぃんりぃん。
 灯花たちが激しく音をはっする。
 天井が大きくゆれ、その天井を崩して何かが霊廟へと落ちてきた。落ちてきたものを見て、ヴィーヴォは眼を見開く。
 それは、卵だった。ヴィーヴォの頭ほどの大きさをした卵が、霊廟へと落ちてくる。ヴィーヴォは導かれるようにその卵へと駆け寄っていた。
 瓦礫が自分に向かって落ちてくる。天井の細かな破片が床で跳ね、ヴィーヴォの頬を傷つける。
 それでもヴィーヴォは構わず卵へと向かっていた。卵を抱きしめるために。
 床に落ちようとする卵をヴィーヴォは両手を差し伸べ受けとめる。
 両掌があたたかぬくもりに包まれる。そのあたたかさに驚いた瞬間、ヴィーヴォは仰向けに倒れ込んでいた。
 星空が見える。
 人々の魂たる星が、暗い空で光り輝いている。その光を見守るように、虚ろ竜の陰影が夜空を泳いでいた。
「きれいだ……」
 涙とともに、言葉が漏れる。
 ただ、眼の前に現れた光景を美しいと感じてしまった。
 夜空を照らす星々が、その星を見守るように泳ぐ虚ろ竜の陰影を無性に愛おしいと感じてしまったのだ。
 とくりと心音が聞こえる。抱えた卵からその音は発せられている。
 そっと起き上がり、ヴィーヴォは卵に耳を充てていた。
 とくり。とくり。
 優しい心音は、まるでヴィーヴォを慰めるかのように奏でられる。その音が心地よくて、ヴィーヴォはゆったりと眼を瞑っていた。
「僕に、会いに来てくれたの?」
 卵に声をかける。すると力強い心音が小さく響き渡った。
「僕、もう独りじゃないんだ……」
 卵を抱きしめ、ヴィーヴォは微笑む。
 眼を瞑り、ヴィーヴォは遠い記憶を手繰り寄せていた。
 ヴィーヴォの唇から子守歌が奏でられる。
 遠い昔、母であるサンコタが歌ってくれた子守歌が。その子守歌に応えるように、卵は心地よい心音を放ち続ける。
 愛しい思いが、心の中に募っていく。ヴィーヴォは、うっすらと眼を開け卵に微笑んでいた。
 僕が、この子の母親になろう。
 独りぼっちの僕のために、この子は空から降りてきてくれたのだから。

 


 その騒ぎが起きたのは、卵が落ちてきてすぐのことだった。茨と化した灯花たちが、卵を抱いて歌うヴィーヴォを閉じ込めてしまったのだ。
 茨の鳥籠の中で歌う弟を、駆けつけたポーテンコは眺めるとこしかできなかった。
「ヴィーヴォ……」
 話しかけても、応答はない。鳥籠の中でヴィーヴォは卵に微笑みを送り、子守歌をうたい続けるだけだ。
「駄目だね。マーペリアの語りかけにも、私の言葉にも耳を貸さない。虚ろ竜の卵に魅入られてしまったようだ」
 冷静な声が聞こえ、ポーテンコは隣へと視線をやる。
 厳しい表情を浮かべる教皇が、弟の囚われた鳥籠を見つめていた。彼はポーテンコに顔を向け、苦笑を浮かべてみせる。
「なんの因果だろうね、ポーテンコ。君から花吐きの力を奪った虚ろ竜が、今度は君から弟を奪うかもしれない……」
「奪われたのではありません。私は、愛しい人を空に帰しただけです……」
 教皇の言葉にポーテンコはそう返していた。愛しい人の泣き顔が脳裏を過ってポーテンコは眼を曇らせる。教皇はそんなポーテンコを見つめながら苦笑を浮かべてみせた。
「君らしい答え方だね」
「私は彼女を愛して、彼女の気持ちに応えた。その結果がどうあれ、後悔はしていませんよ……。いや、していないはずでした……」
 俯き、ポーテンコは愛しい人へと思いを馳せる。
 
 ――Vi ŝatas manĝi vin(あなたを食べたい)
 
 そう言って自分を求めた彼女は、自分を守るために空へと帰ってしまった。
 それと同じことが弟であるヴィーヴィにも起きようとしている。
 ポーテンコは顔をあげる。卵を愛しげに抱きしめ、ヴィーヴォは微笑むばかりだ。
 弟が抱く卵にポーテンコは妙な既視感を覚えていた。
 まるで、彼女に会っているときに感じていたあたたかな感覚を、あの卵からは感じてしまうのだ。
「それにしても困ったな……。虚ろ竜は我らの信仰の対象、けれど放っておけばいずれヴィーヴォは……」
 教皇が曇った眼を自分に向けてくる。どうやら彼も自分と同じことを考えているらしい。
「この件、私に一任させて頂きますか?」
 思案する教皇にポーテンコは声をかけていた。教皇は眼を鋭く細め言葉を返してくる。
「どうかな? 君はヴィーヴォに信頼されてないし……。もし、再び夜色を失うようなことがあれば……」
「ヴィーヴォは死なせません。何がっても……」
 教皇の言葉を真摯な発言でポーテンコは遮っていた。
 茨の檻の中で歌い続ける弟をポーテンコは見つめる。何の因果だろうかと、ポーテンコは苦笑を滲ませていた。
 空からやってきた彼女と出会い、ポーテンコの運命は大きく変わった。そして、弟もまた虚ろ竜によって運命を変えられてしまうかもしれない。
 ふっと、あたたかな手のぬくもりが蘇る。自分の手を握り返してきた弟の小さな手を思い出し、ポーテンコは微笑みを眼に浮かべていた。
 小さなヴィーヴォが縋るように自分を見あげてきたことを思い出す。
 初めてヴィーヴォに会ったとき、あまりの可憐さに少女かと思った。母から聞かせれていた、弟だという少年の美しさにポーテンコは息を呑んだ。
 それでも、繋いだ手の温かさは自分とまったく同じだった。無邪気に笑う姿も、人形術の修練が厳しくて大泣きする姿も、それはどこにでもいる普通の子供だった。
 そう、ヴィーヴォは子供なのだ。
 幼くて、か弱くて、守らなくてはいけない存在。
 かつて、ポーテンコは愛しい{女}(ひと)を空に帰すことでしか守ることができなかった。
 でも、今は違う。
 たとえ拒絶されていたとしても、ポーテンコがヴィーヴォを見捨てることはない。
 ヴィーヴォがそれを嫌がったとしても――
 歌がやむ。
 ポーテンコは、弟へと眼を向けていた。ヴィーヴォが虚ろな眼を卵に注ぎ、薄く微笑んでいるではないか。
「おいで……。こっちに、おいで……」
 優しくヴィーヴォが卵に語りかけている。そんなヴィーヴォに応えるように、卵は明滅を始めた。
 明滅とともに卵には罅が入り、硝子の割れる音が辺りに響く。卵から生じた光球が、光りの翼を纏い小さな竜へと形を変えていく。
 光りが散ると、そこには銀の鱗を持つ美しい子竜がいた。銀糸の鬣を風に靡かせ、子竜はゆったりと眼を開ける。
 眼の色は地球を想わせる蒼。その蒼い眼で竜は虚ろな眼差しをしたヴィーヴォを見おろす。
「きゅんっ!」
 竜が鳴き声をはっする。瞬間、ヴィーヴォの眼に光が宿った。驚いた様子で弟は空中に浮かぶ竜を見あげ、笑顔を浮かべる。
「こんにちは、僕の竜っ! やっと生まれてくれたんだねっ」
「きゅんっ!」
 竜は翼をはためかせてヴィーヴォの胸の中へと飛び込んでいく。ヴィーヴォはそんな竜を優しく抱きしめていた。
 ヴィーヴォを取り巻いていた灯花たちが、引いていく。茨の形状をしていた灯花たちは、元の風信子の形に戻り、玲瓏とした音を周囲に奏でていた。
「みんなも、僕たちを守ってくれてありがとう」
 そんな灯花たちに、ヴィーヴォは笑顔を向けてみせる。
「きゅん?」
「これは灯花。君の友達だよ……。あ、食べちゃダメだってっ」
 ヴィーヴォの抱きしめている竜が、不思議そうに灯花に顔を近づけその花弁を口に食む。ヴィーヴォは苦笑しながら子竜の頭を軽く叩いていた。
「これは……」
「本当、私の息子もそうだけど、君たち花吐きはどうなっているんだろうねぇ」
 目の前の光景に、ポーテンコは唖然とすることしかできない。そんなポーテンコに応えるように教皇が口を開いてみせる。彼を見つめると、教皇は苦笑いを顔に浮かべていた。
「兄さん……」
 弟の声が耳朶に轟く。
 ポーテンコがそちらへ顔を向けると、ヴィーヴォが不安そうに自分を見つめていた。
「きゅーん……」
 子竜がそんなヴィーヴォを守るように低く唸ってみせる。自分を睨みつける蒼い眼を見て、ポーテンコは大きく眼を見開いた。
 地球のように蒼い眼が、あまりにもあの人のそれと似ていたから――
 もしかしたら、彼女は――
 そんなはずはいと思いながらも、ポーテンコは竜を見つめたまま弟へと向かっていた。そっとしゃがみ込み、ポーテンコは竜に手を差し伸べる。竜は鼻先をポーテンコの掌に押しつけ匂いを嗅ぐ。
 警戒した様子で掌を見つめる竜にポーテンコは薄く微笑んでいた。そんなポーテンコを見あげ、竜は大きく眼を見開く。
 ふんふんとポーテンコの掌を嗅ぎ、竜はその掌に自分の頭をすりつけてきた。
「あの……」
 弱々しい声がかけられる。
 ヴィーヴォが不安な様子で自分を見つめていた。眼に笑みを浮かべ、ポーテンコは口を開く。
「可愛いな、お前の竜は」
 優しい兄の言葉に、ヴィーヴォの顔には微笑みが浮かんでいた。
「うん、可愛い」
 笑みを深めヴィーヴォは胸の中の子竜を抱き寄せる。そんな弟の頭を、ポーテンコは優しくなでていた。
 

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