​花吐き少年と、虚ろ竜

竜と恋人

Tio estas, de knabo kaj kava drako kraĉ floro filino de la historio de amo.

「だから、灯花は食べちゃダメだってっ!」
「きゅーんっ!」
 霊廟に陽気な竜の鳴き声が響き渡る。地球の灯りを受け蒼く照らされた温室には、ヴィーヴォの吐いた様々な色合いの灯花が咲き誇っていた。
 そんな花たちを引き千切り、食べようとする子竜がいる。ヴィーヴォはその子竜に跳びつき彼女を捕えていた。
「もう、なんで君は何でも口に入れたがるのっ? それは食べ物じゃないって何度言えば分かるんだよっ?」
「きゅんっ」
 胸に抱いた彼女をヴィーヴォは怒鳴りつける。竜は拗ねた様子で眼を瞑りヴィーヴォから顔を逸らしてみせた。
「もう、何で君は言うことを聞いてくれないんだよっ? 僕は君のお母さんなんだよ。ちゃんとご飯だってあげてるのに」
「きゅん」
「え、あの角猪のお肉じゃ嫌だっ? 美味しいじゃないか角猪っ? 栄養価も高いし聖都周辺ではあの猪自体が生息してないんだよっ。いるのは水晶鹿ぐらいだしっ!」
「きゅーん」
 怒っても竜は拗すねた様子で鳴き声を返すばかりだ。ヴィーヴォは肩を落とし、彼女を抱いたまま座り込んでしまった。
 生き物を育てることがこんなに大変だとは思わなかった。母と一緒に住んでいたとき、巣から落ちた小鳥を育てたことがある。
 でも、小鳥はこんなにワガママじゃなかった気がする。
「兄さんの言う通りだな……」
 苦笑が顔に滲んでしまう。それでもヴィーヴォは、兄の笑顔を脳裏に思い浮かべていた。
 竜が生まれてからよそよそしかった兄は、前のように自分を名前で呼んでくれるようになった。虚ろ竜の文献探しにも協力してくれるし、彼は竜が何を欲しているのかを察するのが得意だった。
 ヴィーヴォが竜の愚痴を口にするたびに、兄はそれが子育てだと豪語する。そして、お前はきちんと責任をとるべきだとヴィーヴォを諭すのだ。
 あなただって子育てなんかしたことないじゃないか。兄を見るたびに、ヴィーヴォはそんな風に思ってしまう。だが、竜と触れ合っているときの兄は、とても幸せそうな顔をしているのだ。
 まるで、ヴィーヴォの竜が我が子だと言わんばかりに。
「兄さんは虚ろ竜と何かあったのかな?」
 花吐きだった兄は虚ろ竜に襲われそうになったことがる。竜は聖都の上空に現れ、兄のいた黒の一族の霊廟を攻撃したらしい。
 襲われそうになった兄は得意の人形術で竜を撃退し、竜は聖都の地下牢に幽閉されたと聞く。
 その後、彼女は中ツ空に帰っていったと記録は伝えているが――
「兄さんも教皇さまも、そのときの話は詳しくしてくれないんだよな……」
 この話をするたびに兄は辛そうな眼差しを自分に送ってくるのだ。そしていつもヴィーヴォに同じことを言う。
 まだそれは、話せないと。
 寂しそうに微笑む兄に、ヴィーヴォはそれ以上質問をすることができなかった。
 教皇にそれとなく兄の過去を聞いたこともある。だが、教皇は悲しげに眼を伏せてこう答えるばかりだ。
 ――私が、ポーテンコを不幸にしたと。
「君は、僕を不幸になんてしてないのに……」
「きゅんっ?」
 腕の中の子竜に話しかけ、ヴィーヴォは眼を伏せる。そもそもどうして虚ろ竜は兄を襲ったのだろうか。
 自分の腕の中にいる彼女は、悪戯好きで無邪気なだけの存在だ。そんな存在が人に害をなすだなんて考えられない。
「それは、あなたが人を知らないからよ……」
 少女の笑い声が聞こえる。驚いて、ヴィーヴォは顔をあげていた。
 竜胆りんどうの灯花に照らされてて、一人の少女がヴィーヴォに微笑みを向けている。
 彼女は炎のようだ。
 うねる赤髪は彼女の体を優しく取り巻き、笑みを浮かべる朱色の眼には金の煌めきが宿っている。
「緋色……?」
 それが、自分の将来の花嫁だとヴィーヴォは一瞬で分かった。母と同じ女性の花吐きであり、自分たち二つ名を継承する花吐きたちすべての花嫁。断絶したと思われていた赤の一族の唯一の末裔。
「ふーん、本当に女の子みたい……」
 手を後ろ手に組んで、赤色の少女は可憐な足どりでヴィーヴォのもとへと赴く。腰を曲げ、彼女はヴィーヴォと腕の中の竜を交互に眺めた。
「きゅんっ!」
 竜が彼女に唸る。少女は苦笑しながらも、ヴィーヴォたちから顔を離した。
「本当に女の子だったらよかったのに……。そしたら、その竜のお母さんでも違和感ないし、あなたともきっと素敵なお友達になれたわ」
「あの、なんの用ですか?」
 緋色は自分よりも年下だ。けれど、どこか高貴な彼女の印象がヴィーヴォに敬語を使わせる。人を下から見ているような彼女の言葉に、ヴィーヴォは何とも言えない威圧感を感じていた。
「お礼を言いに来たの。一年前にあなたが私の父を殺してくれたお礼を――」
「君の父親?」
 朱色の眼を嬉しそうに煌めかせ、緋色は自身の髪を耳にかける。彼女の髪から香る花の咆哮にヴィーヴォは胸を高鳴らせていた。
 喩えるなら彼女は薔薇だ。
 炎を想わせる、赤く鮮烈な色彩の薇。それ故に何とも言えない傲慢を彼女からは感じてしまう。
「だから、私はあなたが嫌い……。あなたは私の夫になるけれど、あなたと床を共にすることはないでしょうね……」
「なっ?」
 冷めた眼でヴィーヴォを見つめ、緋色は平然と言ってのける。彼女の発言にヴィーヴォは大きな声をあげていた。
 何を言い出すのだろうかこの少女は。まったくもって話についていけない。
「緋色……あまり夜色を困らせるな……」
 そんな彼女を諫める声がある。彼女の後方から金の髪をした少年が近づいてきて、持っていた本で彼女の頭を軽く叩いた。
 金糸雀だ。珊瑚色に無理やり霊廟に連れてこられた彼と、ヴィーヴォは少なからず親交があった。
「痛いっ! 何するの、お兄ちゃんっ?」
 ぷくっと頬を膨らませ、緋色は少年を睨みつける。金糸雀は眠たげな眼で少女を一瞥し、開いた本へと顔を向けた。
「また、私より本なのね……」
「方向音痴のお前をここまで連れてきた俺の苦労も分かって……」
「だって、私は霊廟からも滅多めったに出られないのよ……。道なんて分かる訳ない……」
 纏っていた法衣を両手で握りしめ、緋色は黙り込む。金糸雀は本を読みながら、そんな少女の頭を軽くなでていた。
「まぁ夜色、そういうことだから許してやって……」
「いや、意味がわからないんだけど」
 そっと胸に抱いた竜を放し、ヴィーヴォは立ちあがる。床に降ろされた竜は翼をはためかせ、ヴィーヴォの顔の側まで飛んできた。
「その、君のお父さんを殺したって……」
 ヴィーヴォの言葉に緋色は大きく眼を見開く。彼女は鋭い眼差しをヴィーヴォに送り、唇を笑みの形に歪めた。
「あぁ、それはね……」
 妖しい光を眼に宿しながら、緋色は本を読む金糸雀へと振り返る。不思議そうに本から顔をあげた金糸雀の両頬を柔らかな彼女の両手が包み込む。
「お兄ちゃん……」
 甘えた声を発して、緋色は金糸雀の唇に自分のそれを重ね合わせていた。
 どさりと金糸雀が持っていた本が床に落ちる。大きく眼を見開く彼から唇を離し、緋色は彼を抱きしめる。
 緋色の顔がヴィーヴォに向けられる。唖然とするヴィーヴォに向かって彼女は唇を歪め、嘲りの笑みを浮かべてみせた。
「こういうことだから、あなたは知らなくていいの……」
 弾んだ彼女の声がヴィーヴォの耳朶に響く。
「緋色っ!」
 金糸雀の怒鳴り声が温室に響き渡る。金糸雀は緋色を睨みつけ、彼女を自分の体から引き離した。
「お前、それがどういうことか分かってっ――」
「どうせすぐ死んでしまうんだもの! だったら、私はあなたを愛するわ、金糸雀っ。あなただけをっ!」
 金糸雀の怒声を緋色の言葉が遮る。金糸雀は瞠目し、気まずそうに緋色から視線を逸そらした。
「俺は、そんなの望んでない……」
「あなたが望んでなくても、私はそれを望んでる」
 眼を潤ませ緋色は俯いてみせる。金糸雀は困惑した様子で顔を曇らせ、彼女を抱きしめた。
「ごめん、夜色……。帰るわ……」
「あの、君たちは一体……」
「それは、答えられない……。答えちゃいけないって言われてるから……」
 俯く緋色の肩を抱き、金糸雀は寂しそうにヴィーヴォに微笑んでみせる。
「でも、あなたは私の気持ちを分かってくれるでしょう……?」
 そっと顔をあげ、緋色は囁やく。その言葉にヴィーヴォは大きく眼を見開いていた。彼女の視線は自分の周囲を巡る子竜に向けられている。
 彼女は、生まれたばかりの竜に語りかけているのだ。
「きゅん?」
 頭を傾け子竜は不思議そうに緋色を見つめる。そんな子竜に緋色は弱々しく笑いかけていた。
「行くよ、緋色」
「うん……」
 金糸雀に肩を叩かれ、頷いた緋色は踵を返す。去り際に彼女はヴィーヴォへと振り向いてきた。
「意地悪してごめんなさい……。でも、お父さんを殺されて悲しいのは、私だけじゃないの……。それに、あなたたちなら私のこと、分かってくれるでしょ……」
「緋色……」
 朱の眼を金色に煌めかせ、彼女は悲しげな眼差しを送ってくる。その視線はヴィーヴォと子竜へと向けられていた。
「きゅん……」
 彼女を案じるように子竜が小さく鳴いてみせる。ヴィーヴォの頭の周囲を何度か旋回して、竜は縋るようにヴィーヴォの胸へと飛び込んできた。ヴィーヴォはそんな竜を両腕で抱き寄せる。
「きゅーん……」
 悲しげに鳴いて竜はじっと緋色を見つめていた。緋色は竜に微笑みかけ、顔を背ける。
「何なんだ。彼女は……」
 ぽつりと、ヴィーヴォは呟いていた。
 朱色の眼が脳裏に焼きついて離れない。
 去っていく金糸雀と緋色を灯花たちの音色が見送る。ヴィーヴォは温室を後にする二人を、見つめることしかできなかった。

 


 
 あの日、卵が落ちてきた部屋にヴィーヴォは籠っていた。穴の開いた天井から地球の光が差し込み、風信子の灯花たちが暗闇の中に浮かびあがっている。
 弾む灯花の音を耳にしながら横になるヴィーヴォは灯花へと顔を向ける。銀の尻尾を翻しながら、子竜が灯花たちの間を舞っていた。
「恋、なのかな……?」
 金糸雀を見て泣きそうになっていた彼女のことを思いだす。
 愛しげに金糸雀の唇を奪った緋色。
 薔薇のような可憐な見目と同じく、彼女の中には情熱的な感情が渦巻いている。
 それは、金糸雀に対する彼女の率直な気持ちなのだ。
 Love。
 ヴィーヴォは指を使い、空中に文字を描く。愛を意味するその言葉を何度も何度も、繰り返し書き綴る。
 そんなヴィーヴォを翼をはためかせる竜は不思議そうに眺めてきた。竜に笑顔を送り、ヴィーヴォは灯花を指ではじく。
 りぃんと可憐な音をたてて、灯花たちから燐光が散った。燐光は暗い宙に散らばって、光りで文字を描く。
 Love。
 竜は眼を輝かせ、その光文字のもとへと飛んで行く。翼を動かして、彼女は文字を散らせてみせた。
「竜……」
「きゅんっ!」
 そんな竜を見てヴィーヴォは苦笑を浮かべていた。竜はヴィーヴォへと振り返り、無邪気な鳴き声をはっしてみせる。
「そういえば、君の名前……」
 竜に名前をつけていない。
 そのことを思いだし、ヴィーヴォは口を噤んていた。竜から視線を逸らし、ヴィーヴォは体を横に向ける。血の匂いが鼻孔をくすぐってヴィーヴォは顔を歪めていた。
 彼女に名前をつける気になれない。
 まだ竜は幼い。だが、成長すれば間違いなく彼女は兵器として利用される。
 もし名前をつければ兄は彼女すらも名で縛り、人を殺す道具として使うだろう。
 それだけは、なんとしても避けたかった。
 竜を見つめるときの兄の眼差しを思いだし、ヴィーヴォは眼を伏せる。竜に優しい眼差しを向ける兄は、どこか寂しげなのだ。
「もしかして兄さんも……虚ろ竜を愛していたのかな……」
 古文献は語っていた。虚ろ竜たちは女の姿となって水底の人間を誘惑するのだと。
 虚ろ竜は雌しかいない。だから彼女たちは男を求めて水底にやってくるそうだ。
 ――子孫を残すために。
 もしかしたら兄を襲った虚ろ竜は、兄に恋をしていたのではないか。
 兄は幼い竜にかつての恋人を重ねているのだろうか。 
「マーペリアのお母さんも、そうやって空から降りてきたのかな?」
 ころんと仰向むけになって、ヴィーヴォは天井を仰ぐ。虚ろ竜の彫られた天井を背に、子竜が嬉しそうに鳴きながら暗闇の中を飛んでいる。その横には卵が開けた穴があり、星空を虚ろ竜の陰影が優美に泳いでいた。
「君は、僕に恋をしたからここにいるの?」
 ふとヴィーヴォは疑問を口にしていた。
「きゅん?」
 空中にいる竜は首を傾げヴィーヴォを不思議そうに見つめてくる。
「いや、そんなはずないか……。君はまだ卵だったしね。ちょっと思っちゃっただけだよ。君が僕に恋をしていたらどうなんだろうって。僕は恋をするとどうなるんだろうって」
 そっとヴィーヴォは竜に片手を差し伸べていた。竜は嬉しそうに鳴いて、ヴィーヴォの手へと近づいていく。ヴィーヴォの手に竜は顔をすりつけてくる。何だかくすぐったくて、ヴィーヴォは口元に微笑みを浮かべていた。
「番っていったら分かるかな? お互いに眼を合わせた瞬間、一瞬で心を奪われてずっと一緒にいたいって思う……。僕の周りの人はそんな相手をみんな心の中に持っている。母さんも……」
「きゅん……」
 ヴィーヴォの言葉に竜は首を傾げるばかりだ。
 母のことを思いだし、ヴィーヴォは眼を曇らせていた。
 母は父であるソレと離れられないといった。息子であるポーテンコやヴィーヴォより、あの水晶の中に閉じ込められた竜を母は愛しているのだ。
 母が羨やましくなってしまう。
「僕もそんな人が欲しい……。どうせすぐに死んじゃうんだもん……。死ぬ前に、そんな人に会ってみたいんだ。君が、その人だったら良かったのに。僕だけの真実の人。そうだ、君の名前は{Vero}(ヴェーロ)にしよう。ヴェーロ、真実。それが君の名前だよ。僕の愛しい{女}(ひと)。君が僕の番になってくれると嬉しいんだけどな……」
 幼い竜に自分は何を語っているのだろう。なんだかおかしくなってヴィーヴォは苦笑を浮かべていた。
 竜からの返事はない。
 竜は、虚うつろな眼差しをヴィーヴォに向けたまま、空中で動きを止めている。
「ヴェーロ……どうしたのっ?」
 ヴェーロの異変に気がつき、ヴィーヴォは跳び起きていた。
 瞬間、眩い光がヴェーロの体から放たれる。あまりの眩しさに、ヴィーヴォは両腕で顔を覆い眼を瞑った。
 光はヴィーヴォの瞼裏を白く塗りつぶしていく。眩い光がだんだんとやみ、ヴィーヴォはうっすらと眼を開けていた。
 ゆっくりと両腕を顔から離し、ヴィーヴォは正面にいるはずのヴェーロを見つめる。だが、そこにヴェーロはいなかった。
 代わりに、銀糸の髪を靡かせる少女が浮いていた。背に生えた竜の翼を動かし、少女は宙に浮いている。透けるような白い肌は、地球の光を浴びて蒼く煌めいていた。
 ゆったりと少女の眼が開けられる。その眼を見て、ヴィーヴォは息を呑んだ。
 地球と同じ蒼い色彩をした眼は、自分の竜のそれと同じだ。
「ヴェーロなの……?」
 導かれるようにヴィーヴォは少女へと手をのばしていた。少女は眼を細めヴィーヴォに微笑んでみせた。
 その微笑みからヴィーヴォは眼が離せない。少女の五指が、ヴィーヴォの頬へと伸びていく。少女は指でヴィーヴォの頬をなぞり、笑みを深めてみせた。
「ヴィーヴォっ!」
「うわっ!」
 弾んだ声をあげ、少女はヴィーヴォに跳びつく。彼女はヴィーヴォを素早く横抱きにすると、蒼い静脈が光る翼を広げ、宙へと飛び立った。
「ヴェーロっ!」
「行こうっ! ヴェーロは、地球が見たいっ!」
 ヴィーヴォを抱え直し、ヴェーロは天井の穴から星空へと飛び出していた。ヴィーヴォの視界の片隅で、先ほどまでいた霊廟がぐんぐんと小さくなっていく。
 霊廟に取り囲まれた銀翼の女王の竜骸が蒸気と灯花の光に彩られ、湖を眩しく照らしていた。
 空を仰ぐと、星空を虚ろ竜の陰影が魚のように泳いでいた。その頂きには蒼く輝く地球がある。ヴェーロは地球を眺めながら、ぐんぐんと高度をあげていく。
「ヴェーロっ」
 そんなヴェ―ロにヴィーヴォは声をかけていた。ヴェーロは不思議そうにヴィーヴォの顔を覗き込んでくる。
 彼女の蒼い眼に吸い込まれそうだ。
「僕をどこに連れていくの?」
「ヴィーヴォが笑ってくれる場所に行くっ!」
 ずいっと顔を近づけ、ヴェーロは無邪気に微笑んでみせる。その微笑みに誘われるように、ヴィーヴォは彼女の唇を指でなでていた。
 まるで花弁のように可憐なその唇に、自分のそれを重ねてみる。柔らかな唇の感触が体中に駆け巡り、ヴィーヴォはうっとりと眼を細めていた。
 唇を離すと、ヴェーロは大きく眼を見開いてヴィーヴォを見つめてきた。
「ヴィーヴォ……?」
「君がいるところが、僕が幸せになれる場所だよ、ヴェーロ。だから、君がここにいればいいんだ。僕の側にいれば――」
 そっと彼女の両頬を包み込み、ヴィーヴォは彼女に微笑んでみせる。ヴェーロは嬉しそうに眼を輝かせ、微笑んでみせた。
「ヴィーヴォ歌って……。ヴィーヴォの歌が聞きたい」
「うん……」
 愛しい少女の頬をなでヴィーヴォは歌を紡ぐ。
 ヴィーヴォの歌に引き寄せられ星が尾を引きながら、ヴィーヴォたちの周囲を旋回する。星々はヴィーヴォの眼に吸い込まれ、灯花となってヴィーヴォの口から吐き出された。
 竜胆の灯花が、ヴィーヴォたちを取り囲み輪舞を踊る。ヴィーヴォはその一輪を手に取って、ヴェーロの髪に差していた。

 

「父さん、ヴィーヴォが恋をしたよ……」
 温室にいたマーペリアがぽつりと小さな声を発する。
 灯花をなでていた教皇は、空を仰ぐ息子へと顔を向けていた。片眼鏡に隠された眼を悲しげに歪め、マーペリアは温室を照らす地球を見つめている。
 その地球の背に、一人の少女が少年を抱え空を飛んでいた。
 白銀の翼を生やした少女に抱かれ、ヴィーヴォが嬉しそうに微笑んでいる。お互いを愛しげに見つめ合う二人を、教皇は唖然と見つめることしかできない。
 そんな教皇にマーペリアは今にも泣きそうな顔を向けてきた。
「だから……引き離した方がいいって言ったのに……。ヴィーヴォがあの子に選ばれちゃった……。あの子は普通の虚ろ竜じゃないのに……あの子は……」
「マーペリアっ」
 マーペリアの頬を涙が伝う。若草色の髪を振り乱し、教皇は息子へと駆け寄っていた。泣いているマーペリアを抱きしめ、教皇は彼の背中を優しく叩いてやる。
「大丈夫だ。ヴィーヴォを殺したりなんかしないよ……。ヴィーヴォが死を知るそのときまで、それは訪れないから……」
「でも、ヴィーヴォはあの子をきっと手放さない……。そしたらあの子はヴィーヴォを食べる……。母さんが、父さんを食べようとしたみたいに……。母さんが父さんを殺したくなって苦しんだように。あの子はヴィーヴォのために苦しむんだ……」
 教皇の胸の中でマーペリアは上擦った声をはっする。そんな息子を優しく抱きしめ、教皇は口を開いた。
「そうだね。でもそれは宿命なんだよ、マーペ……。人でないものを愛してしまった私たちの罪なんだ」
 そっと地球を仰ぎ、教皇は幸せそうに笑い合う少女と少年を見つめる。
 その姿はかつての自分と妻そのものだった。
 自分に恋をして傷を負いながらも水底へとやってきて妻は、人でしかない自分を愛してくれた。それがいけないことだと分かっていても、教皇は彼女の思いに応えた。
 自分の心の中にサンコタがいることを知りながら、彼女は自分を愛してくれたのだ。そんな教皇の一途な思いに、惹かれたのだと彼女は言った。
 そして彼女は、腕の中にいる愛しい存在を授けてくれた。
 そして、彼女は中ツ空に帰り殺されたのだ。
 仲間であるはずの虚ろ竜たちに――
「大丈夫だよ、マーペリア。もうすぐすべてが終わる。私たちは母さんの待つ中ツ空へと旅立つんだ。ヴィーヴォたちももちろん一緒だよ」
「ヴィーヴォたちは分かってくれるかな?」
「あぁ、もちろん。私もポーテンコもヴィーヴォもみんな一緒だからね。みんな虚ろ竜を愛して、彼女たちに焦がれている。だから、きっと私たちの想いを分かってくれるはずだ」
 不安そうに自分を見つめる息子に教皇は微笑んでみせる。
 そうきっとみんな理解してくれるはずだ。自分たちのやろうとしていることを。
 なぜなら、彼らは空の向こうにいる存在に会いたいと心の底から思っているのだから。
「父さん」
 マーペリアが安堵の表情を浮かべ胸に顔を埋めてくる。愛しい息子を教皇は優しく抱き寄せていた。

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