​花吐き少年と、虚ろ竜

女王と歯車

Tio estas, de knabo kaj kava drako kraĉ floro filino de la historio de amo.

 教皇庁にある謁見の間は、熱狂に包まれていた。
 巨木のような支柱が対となって回廊の脇に並ぶ。虚ろ竜のレリーフが絡みつくその支柱を、天井から吊るされた巨大な西洋灯篭が照らしていた。灯篭の中に入った白い紫陽花の灯花は、興奮する人々を優しく照らしている。
 そんな回廊の奥にある祭壇にマーペリアは立っていた。
 祭壇に立つマーペリアは歓喜に沸き立つ人々を見すえ、演説を進める。
「教皇が大病でせっている今、代理として緑の一族の二つ名たる私が彼の言葉を代弁することを許してほしい。水底の住民たちよ、夜闇に怯える虚ろ世界の底の人々よ。先ほど伝えた通り、花吐きたちの数は年々減り続け、辺境の地では疫病が蔓延する状態が続いている。もはや水底に未来はない。だからこそこの闇の地から去ろう。私たちの新たな新天地を求めて。彼女の存在は、それを可能にするっ!」
 翠色の眼を喜色に輝かせ、マーペリアは隣にいる少女を腕で示す。
 白銀の翼を鎖で飾られた彼女は、虚ろな蒼い眼をマーペリアに向けた。しゃらんと彼女の銀髪を飾る髪飾りが玲瓏な音を奏でる。純白のドレスに身を包んだ美しい少女にマーペリアは微笑みかけ、聴衆へと視線を戻した。
「私たちを中ツ空と導く銀翼の女王はここにいるっ! 彼女は永い眠りから目覚め、水底の民たちを救うべく立ちあがった! 黒の一族の夜色を花婿として迎え、彼女は彼とともに私たちを新天地へ導くことを約束してくれたのだ! 虚ろ竜たちの住まう、光あふれる中ツ空へとっ! もう闇に怯えることはないっ! 明るい未来は眼前に迫っているっ!」
 マーペリアの力ある言葉に、人々は歓声をあげる。だが、彼の隣にいる少女は虚ろな眼を熱狂する人々に向けるばかりだった。
 マーペリアは父との長年の夢を実現させようとしている。
 一つは母の故郷である中ツ空に行くこと。そしてもう一つは母を殺した銀翼の一族を倒すこと。
 その二つがもうすぐ叶う。
 虚ろな眼差しを向ける少女に微笑みかけ、マーペリアは歌を奏でる。
 それは遠い昔に、母が自分に歌ってくれた子守歌でもあり、ヴィーヴォが目覚めない自分に紡いでくれた思い出の歌でもある。
 人々は緑の二つ名たるマーペリアの歌に耳を傾け、静かに涙を流している。
 マーペリアは喜びに包まれていた。
 長年、暗闇の中で過ごしていた人々を明るい世界に連れていける喜びに。
 中ツ空を支配する銀翼の一族を倒し、水底と中ツ空を隔てる大天蓋を破壊する。そうすれば、中ツ空の虚ろ竜たちはいつでも水底に降りることが出来るのだ。
 父と母のように、二つの世界に引き裂かれる者たちはもはや存在すらしない。
 水底の生命は虚ろ竜たち滅ぼされるかもしれない。だからマーぺリアは選ばれた人々のみを中ツ空に連れていくことにした。
 銀翼の女王を使って――

 

 

 

 

 それが動くと父から聞かされたとき、マーペリアは驚きを隠せなかった。そして、銀翼の女王が今もなお『生きている』ことを彼は教えてくれたのだ。
 銀翼の女王の竜骸には巨大な歯車の機械が取りつけられている。その歯車が女王を生かしていると知ったとき、マーペリアは興奮した。
 彼女の記憶は、蒸気で動くその機械に記録されているというのだ。
 そして色の一族たちは、その力を持って代々銀翼の女王を復活させようとしていた。銀翼の女王を復活させたものこそ、この水底を治めるにふさわしい存在だということも彼らの祖先は伝えていたのだ。
 その女王の魂をヴェーロが引き継いでいることもマーペリアは父から教えてもらった。
 それは銀翼の一族の娘が夜色であったポーテンコを求めてやってきたことから始まった。
 父は封印されていた銀翼の女王の魂を、降りてきた虚ろ竜の娘へと託したのだ。
 彼女は生まれ変わり、再び銀翼の一族として生を受ける。花吐きヴィーヴォの恋人として、彼女はこの世に生を授かったのだ。
 回想を終えて、マーペリアは眼を開く。
 マーペリアの眼の前には、薄い水晶の水槽に閉じ込められた無数の歯車が映りこんでいた。水に満たされた水槽からときおり蒸気が噴き出て、周囲を白く染あげる。
 かつて銀翼の女王の魂はここに封印され、それは歴代の教皇のみが知ることのできる秘密でもあった。
 その銀翼の女王を復活させる機械がマーペリアの眼前には並んでいる。通路の脇に並ぶ歯車の水槽を見つめながら、マーペリアは通路の最奥に置かれた円柱の水槽へと微笑みを送っていた。
「素敵だよ……。オレの女王様……」
 歪んだ微笑みをマーペリアは水槽の中の人物に送ってみせる。
 銀糸の髪を満たされた水に揺らめかせ、ヴェーロは水槽の中を漂っていた。虚ろな眼をマーペリアに向ける彼女の体には、無数の管と歯車が取りつけられている。
「さぁ行こうヴェーロっ! 君の一族を皆殺しにねっ!」
 マーペリアの哄笑が室内に響き渡る。その言葉を受けて、水槽の中に浸たされていた無数の灯花が光を放ち始めた。
 ヴェーロの唇から銀色の気泡が吐き出される。彼女の虚ろだった眼は苦痛に彩られ、声にならない悲鳴をあげようと大きく唇を開く。
 身悶える彼女を見つめながら、マーペリアは笑い声を発していた。
 嗤いながらマーペリアは涙を流す。なぜ自分が泣いているのか、マーペリアには分からなかった。
 長年の夢が叶った故の喜びの涙なのか。苦しむ眼前の少女とこれから死を迎える友人を悼むために流されている涙なのか。
 それとも――
「オレはどこに行こうとしているの? 母さん……」
 疑問は呟きとなってマーペリアの口から零れる。
 その言葉に応えてくれる者はいなかった。 

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