有猫飛行
朝日に、錆びついた飛行機が照らされる。その飛行機の翼から飛立つ影があった。
猫だ。
小さな猫が青空を目指し、体を大きくジャンプさせている。だが、彼が大空へ飛びたつことはなく、その体は重力の法則によって地面に叩きつけられた。
失敗した。猫のライトはまたもや飛行に失敗したのである。
通算5555回目の失敗であった。
ライトの外見は猫だが、中身は偉大なる鶏であった。なぜなら彼は生後2カ月で実母と死に別れ、鶏の義母に育てられたからである。
あぁ、悲しいかな。
飛べない鳥なのに、鶏の義母は空に憧れる人であった。そして義母の飼い主である人間は、偉大なる飛行機乗りだったのである。ライトの名前が人類で初めて有人飛行を経験したライト兄弟からつけられたことは説明するまでもない。
「だから僕は、空を目指すっ!」
「お前鳥類ですらないじゃん。どうやって空飛ぶんだよっ!?」
夢を語るライトに、流れ星はツッコミを入れていた。きらきらと光りながら、流れ星はライトの周りを旋回する。
「バカにするなっ! これは母上の、そしておじいさまの夢なのだっ!」
「はいはい……。というか翼もないのにどう跳ぶんだよ……」
星は呆れた様子で瞬く。そんな星をライトはきっと睨みつけていた。
飛行機から飛び降りては地面に激突する間抜けな猫をからかいに来た。そう流れ星は愉快な様子でライトを嘲った。
余計なお世話だ。たとえ飛べなくても、それがなんであろう。夢の前に理屈など関係ない。
「死したものは星となる……。僕は星になって死んだ母上とおじいさまに会いに行くんだ……。いつも空から人を見おろしているお前に、その気持ちが分かってたまるか……」
吐き捨て、ライトは空を見上げる。夜空には無数の星が煌めいていた。
この空のどこかに、死んだ鶏の母と自分たちを飼っていたおじいさまがいる。そう考えるだけでライトの胸は悲しみに包まれるのだ。
もう1度、家族に会いたい。
それが、独りぼっちになったライトの願いだった。
――私が空のお星さまになったら、いつか飛んで会いに来てね。私はおじいちゃんとあなたを待っているわ……。
母が残した言葉を思い出し、ライトは眼を潤ませる。尻尾で濡れた眼をこすり、ライトは星に告げた。
「飛べないことなんて分かってる。分ってるけど、僕は諦めちゃいけないんだ。諦めたら、母上との約束を永遠に果たせなくなってしまう……」
「だから、落ちる俺に願いをかけたんだな……。ご苦労なこって……」
「うるさい。僕を笑いに来た性悪のくせしてっ!」
星がまた呆れた様子で瞬いた。
「いや、なんでお前は今まで流れる星に願を架けなかったのか、それが不思議でなぁ……。だからこうして笑いに来てやったわけよ」
「笑いたいなら笑えばいい……。それでも僕は諦めないっっ!」
力強くライトは言葉を発する。たとえ体が猫であったとしても、ライトは偉大なる鶏の心を持った猫なのだ。空に憧れる母の意思を受け継ぐ存在なのだ。
笑われたって良い。そこに空がある限り、ライトは飛ぶことを諦めない。
「じゃあ、飛んでみようかっ!」
星が明るく輝く。えっとライトが驚いた瞬間、あたりは眩い光に包まれた。その光はライトの背中に集まり、真っ白な翼を形づくる。
「これは……」
「お前の思いが俺を流れ星にした。お前の一途な思いが、その翼をお前に授けた。それは、努力し続けたお前への勲章だよ。だから、強く願え! そうすれば、お前は飛べるっ!」
「星……」
「ほら、願うんだ。ライトっ!」
星が強く瞬く。ライトは星の光に励まされ、夜空を仰いだ。
星々を見つめながら、ライトは願う。
空に行きたい。
星になった家族に会いたいっ!
白い翼が光り輝く。ライトは翼を力強く動かし、宙へと飛んだ。ライトの体は落ちることなく、ぐんぐんとあがっていく。その後を、輝く星が追いかける。
ライトの眼の前に、美しい星々が映っては消えていく。横を見ると、ライトを追いかける星が優しく輝いていた。
「ありがとう」
ライトは星に微笑みかける。星は照れくさそうに瞬いてみせた。
翼をはためかせ、ライトは夜空を駆ける。
星になった家族に会うために――