Four Cats 茶トラと鯖トラ

 子供たちのうるさい声が、桜下から聞こえてくる。その声は、灰猫の桜に登っているソウタのネコミミにもとどいていた。
「ねぇ、幽霊がまたいないよ、ハイ」
「みんなで、いっせいに来たから……ビックリして逃げちゃったんじゃないの……?」
「えぇー、ボク、幽霊の歌もっと聴きたかったのにっ!」
「本当にいたんだね、幽霊。チャコちゃんの言うとおりだ」
 伏せたネコミミをピクピクと動かし、ソウタは会話を聞くまいと努める。
「ソウタくん」
 だが、ハルの呼び声がそれを拒んだ。ソウタは抵抗を覚えながらも、腕の中のハルを見つめる。ハルは困ったように眼をゆらし、ソウタを見あげていた。ハルの鈴が、ソウタを責めるようにちりちりと鳴っている。
 耐え切れなくなって、ソウタはハルから顔を背ける。
「ソウタくんてばっ」
 ハルが声を荒げるが、ソウタはネコミミを伏せてそれを無視した。
 ソウタは梢のすきまから、地面を見つめる。
 灰猫の桜を、たくさんの子供たちが取り囲んでいた。子供たちが声を発するたびに、彼らのネコミミがピコピコとリズムカルに動く。
 会いたかった茶トラと鯖トラも、その中にいる。
 自分たちを見つけられなくて、悔しいのだろうか。茶トラ少女はネコミミをぷるぷると震わせ、眼に涙を浮かべていた。そんな彼女をなぐさめるように、鯖トラ少年は少女のネコミミを優しくなでている。
 少年が鯖トラ柄のネコミミをたちあげ、桜を見あげてきた。
 少年の眠たそうな三白眼が、こちらに向けられる。びくりとソウタはネコミミを震わせ、地面から視線をそらした。
 ソウタは恐るおそる少年を見つめる。少年は何事もなかったかのように、少女のネコミミをなで続けているだけだ。
 よかった見つかっていない。ソウタは安堵にネコミミをたらしていた。
「ねぇ、ソウタくん。私たち、あの子たちに会いに来たんだよね?」
 ハルに話しかけられ、ソウタはネコミミの毛を逆立てた。ハルを見つめると、彼女は困った様子で自分を見上げていた。
「あ、うん。そうだよね……うん」
 ソウタは何度もハルに頷いてみせる。ハルは怪訝そうに眉毛を寄せ、地面へと視線をやった。
「隠れちゃ、意味ないよね……。私のせいだけど」
「だって、増えてるんだもん……」
「ごめん……」
 会話が途切れてしまう。ソウタとハルは顔を見合わせ、二人そろって桜下を見つめた。桜下では、子供たちが会話を交わしている。
「ハイ、幽霊に会いたいよ。ハイ……」
「はいはい……。会わせてあげるから、泣かないの、姉ちゃん……」
「ほんと、どこいっちゃたんだろうね」
「シートがあるってことは、この辺りにいると思うんだけれど……」
 子供たちは、ソウタとハルが座っていたシートを取り囲んでいる。シートに並べられたティーセットは空っぽになっていた。
 ハルのために取り寄せた桜のフレーバーティーは、茶トラの少女に飲まれてしまった。ミミコが焼いてくれたスコーンも、子供たちのお腹の中だ。
 茶トラと鯖トラをおびき寄せるため、学園の下校時刻を見計らい歌をうたった結果がこれだ。
 歌声を聞きつけた子供たちが円卓公園につめかけ、慌てたソウタたちは桜の上に隠れることしかできなかった。
 いっぱい来ると叫びながら、ネコミミを激しく動かしていたハルの姿を思いだす。パニック状態になっている彼女を捕まえ、ソウタはやっとの思いで桜に跳びあがることができたのだ。
「降りても、大丈夫?」
「ごめんなさい……。無理」
 ハルは怯えた眼差しを子供たちに送ってみせる。
 茶トラと鯖トラには会いたいが、他の子供たちが怖いのだろう。抱きしめているハルの体は、かすかに震えていた。
 ソウタはハルのネコミミをなで、彼女に囁く。
「今日は会うのやめよう、ハル」
「え、でも……」
「大丈夫、あの二人は俺たちのことが気になってるんだし、また会いに来てくれるよ」
「うん……」 
 ソウタの言葉を聴いて、ハルは微笑む。安心したソウタは、ハルに微笑みを返した。
「何だ、ボクたちに会っていかないのか……」
「ごめん、今回は……」
 ぼそりと声をかけられる。ソウタはとっさに声のした背後へと、顔を向けていた。
 眠たそうな三白眼が、じっとソウタに向けられている。桜の下にいた鯖トラ少年が二手に別れた幹に足をかけ、こちらを見つめていた。
「よっ」
 少年は片手をあげて挨拶をしてくれる。ソウタは、無言で彼を見つめた。自分たちに気づかれないよう桜を登り、鯖トラはここまで来たらしい。
「姉ちゃーん……幽霊いた……」
「ほんとー! どこどこ」
 彼は桜下にいる茶トラ少女に向かって、言葉を発する。少女は嬉しそうに跳びあがり、大声をあげた。
 二人のやりとりを見て、ソウタはようやく理解する。
 どうやら自分たちは見つかったらしい。
「うわー!」
 ソウタはネコミミを反らし叫んでいた。びくりと、腕の中のハルがネコミミの毛を逆立てる。
「ちょ、ソウタくんっ?」
「どうしよ、ハル! 見つかっちゃった! み、見つか……」
「キミ、おっきいね……」
「えっ」
 少年に声をかけられ、ソウタは我に返る。彼は眼を輝かせソウタを見つめていた。
 同い年の子供たちより、ソウタは背が高いほうだ。それに比べると、少年はずいぶんと背が低い。体全体のパーツが小さいのだろう。小顔で、他の子供に比べネコミミも大きく見える。
「いいな。おっきい……いいな」
 少年はソウタに熱い視線を送りながら、近づいてくる。興奮しているのか、彼はネコミミを激しく上下に動かし始めた。
「え、あのっ……」
「おっきい……おっきいっ! おっきい!」
「ちょ、来ないで! 来ないでよ!」
「ソ、ソウタくんっ、怖いよ!」
 接近してくる少年に危険なものを感じ、ソウタは大声をあげていた。怯えたハルが首筋に両腕を回し、ソウタに抱きついてくる。
「ちょ、ハル! 落ち着いて」
「やだっ、怖い!」
 ハルに抱きつかれ、ソウタは体のバランスを崩してしまう。ハルに叫ぶが、彼女は激しく首を振るばかりだ。
「おっきいっ!」
「うわぁ!」
 近づいてくる少年に、ソウタは悲鳴をあげていた。体をゆらゆらと動かしながら、彼はソウタの前に立ちふさがる。
 ソウタは背後を見つめた。ソウタたちの乗る枝は先が細く、これ以上後ろにさがることができない。
 絶体絶命の状態だ。
「おっきい……。友達に……なる!」
「うわっ!」
 少年は枝を蹴って、ソウタに向かって跳んできた。ソウタはとっさに体を捻り、少年のタックルを躱そうとする。
 だが、少年はネコミミの角度を巧みに変え、ソウタの肩をネコミミで叩いてきた。ソウタの体が大きく傾ぐ。彼はソウタにトドメを刺すべく、ソウタの肩をもう一度、ネコミミで叩いた。
「うわっ」
 ソウタはバランスを崩し、足を滑らせた。
 梢をつかもうと片腕をのばすが、その手は鯖トラのネコミミに弾かれる。ソウタの体は宙に投げ出され、仰向けのまま地面へと落ちていく。
「いやーっ!」
「ハルっ」
 ソウタは胸元にハルを抱き寄せ、体を丸めていた。そのまま空中でとんぼ返りを決め、シートの上に降り立つ。衝撃でシートに乗ったティーセットが浮かびあがり、大きな音をたてて元の位置に戻っていった。
 ぐわぁんぐわぁんと鈴の喧しい音が、ソウタのネコミミに反響する。それに合わせて、割れんばかりの拍手がネコミミに響き渡った。
「ブラボー!」
「凄い!」
「もう一回見たい!」
 拍手とともに、子供たちの歓声がソウタに送られる。ソウタはびくりと顔をあげた。子供たちの輝く眼が、ソウタに向けられている。
「幽霊凄いよ!」
 その中央にいる茶トラ少女は、跳びあがりながらネコミミを上下に動かしている。
「ねぇ、ねぇ、もう一回! もう一回、くるんって、回って!」
「いや……それはちょっと」
 腕を回しながら、少女はとんぼ返りをせがんでくる。少女を見つめながら、ソウタは引きつった笑みを浮かべることしかできない。
「ソウタくん……」
 小さなハルの声が聞こえて、ソウタは腕の中のハルを見つめる。彼女は怯えた様子でネコミミを震わせていた。
 たくさんの子供たちに囲まれて、ハルは恐いのだろう。ソウタはそんなハルを安心させようと優しく微笑んでみせた。
「大丈夫だよ、ハル」
 彼女を優しく抱き寄せる。
「ラブラブだー!」
 茶トラ少女が弾んだ声をあげた。ぴんとネコミミをたて、ソウタは彼女を見つめる。
「いいなー! いいなー! ラブラブー」
「ちょ、そんなんじゃないって……」
「ラブラブ……ソウタくんと」
「ハル?」
 ソウタはとっさにハルを見つめた。ハルが潤んだ眼をソウタに向けてくる。その眼を見て、ソウタはキュンと心臓を鳴らしていた。
 ハルがぷいっと、ソウタから顔を逸らす。ネコミミをだらんとたらし、ハルは顔を覆ってしまった。
「ハルっ?」
 ひょこっと、ハルはネコミミのあいだから眼を覗かせ、困ったようにソウタを見つめてくる。
 ハルの様子がおかしい。不安になってソウタはネコミミをたらしていた。
「幽霊の元気がないよ、ハイ!」
 茶トラ少女の大きな声がネコミミに響き、ソウタは驚いて顔をあげた。少女は不安げに眼を曇らせ、木に登る鯖トラ少年を見あげていた。
「そのおっきいのと、白ネコミミ……。本当に幽霊……? 生きてるようにしか、見えない……」
「えー、絶対に幽霊だよ」
「じゃあ、触って確かめてみたら……」
「わかったー!」
 少年の言葉に、少女は弾んだ声で答える。少女は大きく口元を歪め、ソウタを見つめてきた。嗤いに歪められた少女の眼が、ソウタに向けられる。
 腕に震えを感じ、ソウタはハルを見下ろしていた。ハルがブルブルとネコミミを震わせているではないか。
 ソウタはごくりと唾を飲み込み、後退りしていた。ニンマリと笑みを深め、少女はソウタたちに近づいていく。
 少女の背後にいる子供たちも、ニヤリと口角を釣りあげる。少女の背後で彼らはネコミミを怪しく蠢かせながら、笑い声をあげた。
「「「にゃはははははは!」」」
 不気味な笑声がネコミミに響き渡る。ソウタはネコミミをびんとたて、彼らを見つめることしかできない。
「幽霊覚悟ー!」
「「「覚悟ーー!」」」
 少女が大声をあげ、ソウタへ特攻する。それに続き、子供たちもいっせいにソウタへと襲いかかってきた。
「ソウタくーんっ!」
「うわー!」
 ハルの叫び声が、ネコミミに虚しく響く。ソウタはネコミミを反らし、悲鳴をあげることしかできなかった。

 子供たちにより、ソウタとハルはなすがままになっていた。
 二人は、子供たちにネコミミを弄ばれている最中だ。
 襲ってきた子供たちは、いっせいにネコミミへと手をのばしてきた。ハルを抱えていることもあり、ソウタは抵抗することもできずじっとしている。
 子供たちはネコミミから手を放してくれない。
 指先でネコミミを揉みほぐしては、ぐるぐると喉を鳴らしている子供。うっとりと眼を細め、ネコミミをなで続ける子供もいた。
「凄い! 白猫のネコミミ、ラパーマロングヘヤみたいに、クルンってネコミミの毛が丸まってる!」
「灰猫のは、ロシアンブルーみたいだよ。手触りが絹みたい」
「触り心地、最高!」
「真っ白で、白猫みたい」
「白猫だよ、白猫と灰猫の幽霊だ!」
「痛い…痛いよ」
 ぐいぐいと子供たちは、ソウタのネコミミを引っ張る。ソウタは呻くが、子供たちはおかまいなしにネコミミを弄び続ける。
「私にも、触らせてー!」
 不機嫌な大声が、ソウタのネコミミに響いた。ソウタは声のした方向へと視線を向ける。
 子供たちの背後で動く茶トラのネコミミがあった。ぽんぽん跳びはねながら、茶トラ少女はソウタのもとへ行こうとする。
「どいてー」
 茶トラ少女が子供たちをかき分け、ソウタのもとへと迫ってくる。彼女の背中にはぴったりと、鯖トラ少年がくっついていた。
 押しやられた子供たちは、彼女を睨みつける。
 子供たちは反撃にでるため、いっせいに少女に手をのばした。少女の背後にいる少年が、ぐるりと子供たちに顔を向ける。感情の篭らない三白眼を向けられ、子供たちは手をとめた。
 少年は頭をさげる。ネコミミを使い、少年は子供たちの手を弾き返していった。子供たちが痛そうにネコミミをゆらし、のばしていた手を引っ込めていく。
「わーい、ネコミミー!」
 一方少女は、自分の背後で起こっている攻防戦に気づいていないようだ。呑気に声をあげ、ハルのネコミミに両手をのばしていた。
「きゃ」
 ハルが、小さく悲鳴をあげる。
 少女はその悲鳴にも気がつかないのだろう。乱暴にハルのネコミミを握ってきた。瞬間、少女の眼が煌めく。弾んだ声を発し、少女は背後にいる少年に顔をむけた。
「スゴイ! 幽霊なのに、さわれるよ、ハイ!」
「さわれる時点で、幽霊じゃないと思う……」
「えー、そんなことないよぉ。気持ちぃ、このネコミミ。ハイのネコミミみたい……」
「この、ネコミミフェチ……」
「だって、気持いんだもん……」
 茶トラ少女は、夢中になってハルの白ネコミミを揉みほぐす。ぐるぐると喉を鳴らしながら、彼女はうっとりと眼を瞑っていた。
「えいっ」
「痛いっ」
 少女にネコミミを引っ張られ、ハルが悲鳴をあげる。
「あっ」
 思わず少女は声をあげ、ハルのネコミミから手を引いていた。ハルは引っ張られたネコミミを震わせながら、うつむいてしまう。
「やめてよっ!」
 痛がるハルを見て、ソウタは声を荒げていた。ソウタは体を斜めに向け、少女からハルを引き離す。
「あぅ……」
 離れていくハルを見つめながら、少女は力なくうつむいた。
 少女の姿を見て、子供たちもネコミミをたらす。子供たちは気まずそうにソウタたちから離れていった。
 ソウタは腕の中のハルを抱き寄せた。ハルは子猫のように震えている。ハルの顔を覗くと、彼女はネコミミを震わせながら、眼に涙をためていた。
「ごめん、夢中になっちゃって……」
 少女が小さく声を発する。
 茶トラ少女へ顔を向ける。彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。ぽんっと、鯖トラ少年が、慰めるように少女の肩を叩いた。
「ハイ」
「元気が、一番……」
 少女は背後の少年を見つめ、眼を輝かせた。
 気持ちを切り替えようとしているのか、少女はネコミミをフルフルと振る。少女は笑顔を浮かべソウタとハルを見つめてきた。
「ごめん。でも、スゴイや! 歌ってたのが、灰猫と白猫の幽霊だったなんてっ!」
「だから、俺たち幽霊じゃないしっ!」
 少女の言葉に、ソウタは思わずさけんでしまう。少女は驚いたように眼を見開いた。彼女はぴょんとネコミミをたてて、首を傾げる。
「じゃあ、誰?」
「誰って、君たちこそ、誰……?」
「私、チャコ。こっちは、弟のハイ。チェンジリングだけど、一応、双子! 私がお姉ちゃん!」
「こんな姉だけど、ボクが一応、弟だから……」
 チャコと名乗った少女は鯖トラ少年をびしっと指さす。ハイと呼ばれた少年は、ぼそりと言葉を放った。
「私、ミミ!」
「ボク、ユウ!」
「メグ!」
「ミィ!」
 他の子どもたちも、いっせいに自己紹介を始める。
「ちょっと待って、そんなにいっぺんに言われても!」
「あなたたちは?」
「えっ」
「あなたと、その子の名前は?」
 チャコはきらきらと眼を輝かせ、ソウタに質問してくる。ソウタは、ネコミミを力なくたらしていた。先ほどから、彼女のペースに巻き込まれてばかりだ。
「ソウタくん。降ろして」
 驚いて、ソウタはハルを見つめた。ハルは優しげに眼を細め、ソウタを見あげている。
「ハル……」
「大丈夫」
 ソウタを安心させるように、ハルは微笑みを深めてみせる。不安を感じらながらも、ソウタは彼女を地面に降ろした。
 ふんわりとスカートを翻しながら、ハルは子供たちの前に歩み出た。子供たちはぴんとネコミミをたて、いっせいにハルを見つめてくる。
 ハルは子供たちに笑顔を浮かべてみせる。
「はじめまして、ハル・コノハです。こっちは、ソウタくん。ソウタ・ハイバラくん」
 ハルはスカートの裾を両手の指で掴み、優美にお辞儀をした。ぺこんとハルのネコミミも、一緒にお辞儀をする。
「ハル・コノハ!?」
 チャコが弾んだ声をあげた。ハルが驚いて顔をあげる。
「コノハって、もしかしてハルってサクラ・コノハの血縁者……」
 ハイが、尋ねてくる。
「うん、お義母さんだけど……」
「すごい、すごいよ! ハルちゃん!」
「ちょ、チャ、チャコさん!」
「チャコでいいよ。すごいよ、ハルちゃん! あの、サクラさんの娘だなんて!」
 チャコが大声をあげる。チャコはハルに詰め寄り、両手をにぎってきた。チャコの背中には、背後霊のようにハイがくっついている。
 ハルの手をにぎったまま、チャコはぴょんぴょん跳びはねる。興奮しているのか、彼女のネコミミは激しく上下に動いていた。
「てい……」
「あ、やめてよー、ハイ!」
 チャコの後方にいたハイが、ハルからチャコを引き離す。チャコはハイに顔を向け、叫んでいた。
「だめ……」
 ハイは彼女の体を引きずりながら後方へとさがっていく。
「あぁ、ハルちゃんがー!」
 チャコは悲しげに叫びながら、ハルに手をのばす。その手がハルに届くことはない。チャコは、ションボリとネコミミをたらした。
「ごめん……。姉ちゃん、サクラさんのファンなんだ……」
 ハイが謝ってくる。ハイのネコミミは、悲しげにたれさがっていた。
 ハイの表情はあまり変わらない。だが、ネコミミの様子から、ハイが悲しんでいることがわかる。
 ハイは案外、いい奴なのかもしれない。
 そう思い、ソウタはハイに微笑んでいた。ハイのネコミミは苦しめられたが、彼とは良い友達になれそうだ。
 ハイがぽっと頬を赤らめ、こちらを見つめてきた。
 どきりと、ソウタの心臓が高鳴る。
 ソウタが彼から視線を逸らすと、ハイは悲しげにネコミミをたらし、チャコのネコミミを叩き始めた。
「痛い、痛いよ! ハイ」
「反省しろ……反省。おっきいのに、謝れ……」
「嫌だっ。悪いことなんてしてないもんっ!」
「お仕置き、追加……」
「はふぅ!!」
 ハイがネコミミを叩くペースをあげる。チャコは奇妙な声をあげ、ネコミミをびーんとたてた。ハイはそんなチャコの顔を覗き込む。チャコはごくりと唾を飲み込み、大人しくなった。
「お義母さんの……ファン?」
 ハルが、唖然とした様子で呟いた。
 ハイはネコミミを上下させ、そうだと答える。その返事に、ハルは悲しげにネコミミを伏せた。
「ねぇ、ハルちゃん。歌って! いつも聞こえてる歌、ハルちゃんが歌ってるんでしょ? サクラさんの娘だもん。凄く、上手なんだろうな……」
 ハルの歌声を思い出しているのだろう。チャコは両手を組み、うっとりと眼を細めていた。
「ね、歌って。歌ってよ」
 嬉しそうなチャコの眼が、ハルに向けられる。ハルは逃れるようにチャコから顔を背けた。
「ハル」
 心配になりソウタはハルに声をかける。彼女は不安げに眼をゆらし、こちらへと振り向いてきた。
「ソウタくん……」
 ハルは縋るようにソウタを見つめてきた。ハルを隠すように子供たちの前に立ちはだかり、ソウタは彼らを見つめた。子供たちも、不思議そうにソウタを見つめ返してくる。
「ごめん、ハルは歌えないんだ……」
 ざわりと、子供たちが騒がしくなる。その様子に、ソウタは苦笑を滲ませていた。
「そう、なの……」
 悲しげに眼をゆらし、チャコはソウタを見すえる。チャコの泣きそうな眼を見て、ソウタの心臓がさみしげに音を奏でた。
 ハルがソウタの背後からネコミミを出す。申し訳なさそうにネコミミをゆらし、そうだよと、彼女はチャコに答えた。ハルのネコミミを見て、チャコはがっくりと頭をうつむかせた。
 数えただけでも子供たちは、十人以上いる。ハルにはたくさんの心音が聞こえているはずだ。
 歌えるはずがない。
 ハルは他人の心音が恐いのだから――
「ハル」
 心配になって、ソウタは背後のハルを見つめる。
 ハルはネコミミをさげ、悲しげに眼を伏せていた。ぎゅっとスカートの裾をつかんで、彼女は泣くのをこらえている。友達になりたいと思っていた二人に、歌を聴かせられないのが悔しいのだ。
 とくんと、ソウタの心臓が悲しげに鳴った。その音を聞いて、ソウタはひらめく。
「ハルっ」
 ハルが驚いたようにネコミミを反らし、ソウタを見つめてきた。
「心音をメロディにして、歌ったらどうかな? 心臓の音が気になるんだったら、それを伴奏にしちゃえばいいよ」
「心臓の音を……」
 ハルは唖然と、ソウタの顔を見つめる。
 ソウタは笑みを深め、うなずいてみせた。ハルは眼を桜色に煌めかせ、笑顔を浮かべる。
「すごい、ソウタくん。いいこと思いついちゃったっ」
「うわっ」
 弾んだ声をあげて、ハルが肩に両手を置いてくる。ソウタはびっくりして、背後にいる彼女を見つめる。
「いいことって?」
「ネコミミピアノ!」
 ソウタの問いに、ハルは嬉しそうな声で答えた。
 

ケモノの物書き堂はナマケモノの一次創作ブログです。創作関連の最新情報はこちらまで。

 

This site was designed with the
.com
website builder. Create your website today.
Start Now