王様と友達

                  Nordiske fantasy

「カットは、どうしてここに来るの?」
 赤い眼をしばたたかせ、少女が問う。カットはブルーベリーの花にのばしていた手を止めていた。カットは自分の脇に置いた籠を見つめる。籠の中には真っ白な花がたくさんつめこまれていた。
「誰にあげるお花?」
 カットの横で彼女はこくりと首を傾げてみせる。春風が彼女の髪を優しくゆらしていった。
 青白い母の顔を思い出し、カットは言葉を詰まらせてしまう。そんなカットを見て、少女は困ったように眉根を寄せていた。
「ごめんなさい……。言いたくないのね……」
「母様に、あげるお花なんだ……」 
 顔を逸らした少女に、カットは小さく告げる。少女は驚いた様子でカットに顔を向けた。
「母様、死んじゃうかもしれない……。僕、そしたら……」
 ここ数日のことを思い出し、カットは泣きそうな声を発していた。ヴィッツが突然高熱を出し、意識が戻らない状態が続いているのだ。。
 ティーゲルは国中に使者を放ち、有能な医者や薬学師、魔女たちを城に集めた。連日ヴィッツの周囲には彼女の治療のために大勢の人が行き交い、カットは母の様子を見ることすら出来ない有様だ。
 じんわりと視界が滲み、カットは眼を拭っていた。
「カットは独りなの……?」 
 カットに少女が優しく声をかけてくれる。顔をあげると、額に柔らかな感触が広がった。彼女がカットの額に唇を寄せている。
 頬が熱くなる。心臓が激しく脈打って、カットは何が起こっているのか分からなかった。
「元気が出るおまじない……」
 そっとカットから離れ、彼女は微笑んでみせる。その微笑みから、カットは眼を逸らすことができなかった。






 氷山に削られた険しい山の斜面を橇が滑っていく。青い橇を引いているのはノルウェージャンフォレストキャットたちだ。橇を操っているのはカット。カットの後ろには、男性の服に身を包んだフィナが乗っていた。



「どこに行くのですか?」
 後方のフィナが不安げに声をかけてくる。カットはちらりとフィナを一瞥した。 黒狐のコートを羽織ったフィナは困ったように眉を寄せていた。カットはそんなフィナに笑みを送り、前方へと顔を向ける。
「お前たち、もっと速度をあげてくれっ!」
「にゃう!!」
 カットの声に先頭のリーダー猫が鳴く。白いその猫がもう一鳴きすると、橇はぐんとスピードをあげて山の斜面を下り始めた。
「みぁあ!」「にぃ……」「みゅう!」
 猫たちが嬉しそうに鳴く。カットが顔をあげると、七色に輝くオーロラが雪の降る夜空を覆っていた。
「フィナ、空を見てっ!」
 カットは思わず声をあげてしまう。フィナへと顔を向ける。彼女は嬉しそうに赤い眼を空へと向けていた。
「こうやって、2人で空を見つめましたね……」
 フィナが口を開く。眼を細め、彼女はカットに微笑みを向けてきた。
「あぁ、懐かしいな……」
 うねるオーオラを見つめながら、カットは懐かしさに顔を綻ばせていた。
 幼い頃、カットはフィナと一夜を共にしたことがあった。
 ヴィッツが高熱を出し生死の境をさまよっていたとき、フィナが言ったのだ。
 オーオラに願いを託せば、望みは叶うと。
 2人はオーロラに祈りを捧げながら一夜を過ごした。翌日カットが城へ戻ると、ヴィッツの熱は下がり、彼女は命の危機を脱していたのだ。
 今思えば、あれはフィナの魔法だったのかもしれない。彼女が無意識のうちに自分に流れる魔女の力を使い、ヴィッツを助けたのではないかとカットは思ってしまう。
 フィナ本人に、その自覚はないかもしれないが――
 橇は深い谷を走り、樽板教会の聳える丘を目指していた。教会が近づくにつれ、後ろにいるフィナの表情が暗さを帯びていく。
「陛下……」 
 フィナの声が夜闇に溶けていく。カットはかまうことなく橇を進め、樽板教会の前へと橇をとめた。
 教会は月明かりに照らされ、空色の影を雪に覆われた大地に伸ばしている。カットは橇から颯爽と降り、フィナへと手をのばしていた。
「行こうフィナ」
「陛下?」
「母さんにもう一度挨拶をし直しに行こう。昼間はとんだ邪魔が入ったからな」
 カットの言葉にフィナは苦笑する。彼女はカットの手をとり、橇を降りた。
「陛下は男性にもモテますからね」
 降り立ったフィナが悪戯っぽく笑ってみせる。そんな彼女を見て、レヴとの腐れ縁を話して聞かせたことをカットは少しばかり後悔した。
 でも、カットにとってレヴは特別な存在だ。フィナに呪いを受け、ヴィッツを亡くしたカットの側にいてくれたのはレヴだったのだから。
「明日から、レヴのことよろしくな」
 お返しとばかりに、カットはフィナに告げる。カットの言葉に、フィナの表情が不機嫌なもになる。
「いくら陛下のお世話を幼少の頃からしていたとはいえ、あのような者を側に置くのは心配です。陛下を、誘拐したんですよ……」
「レヴはああいう奴なんだよ。慣れれば案外楽しい奴だぞ」
 フィナの手を放しカットは言葉を続ける。
 カットはティーゲルにレヴを側に置きたいと進言したのだ。表向きはカットに対する今までの忠義を鑑みての役職復帰となっている。フィナには王の護衛が女性1人ではさすがに不安だと言って承知してもらった。
 何よりフィナはカットの花嫁候補だ。そのことを負目に感じているのか、フィナは不満げながらも首を縦に振ってくれた。
 カットの本音を言うと、レヴと離れるのが嫌だったからだ。
 フィナがカットの本心を知ったら、それこそ烈火のごとく怒るだろう。
「私は、そんなに頼りないですか?」 
 フィナの言葉に我に返る。
 彼女は不安げな表情を浮かべカットを見つめていた。そんな彼女にカットは苦笑を返すことしかできない。
「君が強いことは昼間の決闘で証明済みだろ?」
「そうでしたね」
 カットの言葉にフィナが笑う。彼女の花のような笑みをみて、カットは少しばかり安心していた。




 崖から見える海は不気味なほどに静かだ。海洋に浮かぶ氷山は月光に輝きながら緩やかに浮沈を繰り返す。小さな氷山は崖の側に広がる遺跡にも漂着し、ゆれる氷の地面を形作っていた。
「遺跡に行けそうだな」
 ヴィッツの墓所の前に立ち、カットは感嘆とその光景を眺めていた。隣にいるフィナを見つめる。彼女はじっと遺跡を見つめていた。
 フィナの眼がどこか悲しげなのは気のせいだろうか。
「フィナ?」
 声をかけると、フィナは驚いた様子でカットに顔を向けた。
「君は、何を見ているんだ……?」
 カットの言葉にフィナは顔を逸らす。しばらく沈黙したあと、フィナは重い口を開いた。
「あの遺跡に、母が眠っているんです……」
 フィナの眼は遺跡に向けられたままだ。カットは息を呑み、彼女の言葉に猫耳を傾けていた。
「正確にはヴィッツ様によって封印された、といったほうが正しいのかもしれません。死後も母の封印を維持するために、ヴィッツさまはここに葬られたと父から聞かされました……」 
 フィナの顔がゆっくりとカットに向けられる。どこか寂しげな笑みを浮かべるフィナを見て、カットは口を開いていた。
「ここに、君のお母さんが?」
「父に、そう聞かされています……」
 カットの問いにフィナは静かに答える。
 フィナの父親はこの国の宰相たるウル・ムスティー・ガンプンだ。王になって間もないカットに代わり、宰相であるウルは甲斐甲斐しく職務をこなしてくれる忠臣だ。
 これはティーゲルがカットの花嫁にフィナを推す理由の1つでもある。頼りになる忠臣の娘が息子の妃ならば、これ以上の縁談はないということだ。
 けれどウルは自分の妻であった女性を、ためらうことなくティーゲルに差し出した男でもある。
 そして教会に残されているフィナの出征記録に、彼の名前はない。その呪われた出自のためにフィナは父との関係を隠匿され、身分を偽って育てられてきたのだ。
「陛下……。一緒にオーロラを見た夜を覚えていますか?」
 フィナが空を仰ぐ。空では、オーロラが消えることなく煌めいていた。
「私はヴィッツさまの回復ではなく、母に会いたいと心の中でひたすら願っていました……。母のことはほとんど覚えていません。でも、ぬくもりだけはずっと覚えていたんです。母が抱いてくれた感触が……ずっと、体に残っていて……。もう1度母に抱きしめてもらいたくて……」
 フィナの声が震えている。
 彼女は自身の体を力いっぱい抱きしめ、言葉を続けた。
「でも、母は私のもとには来てくれなかった……。そんな私に陛下は言いました。ヴィッツさまが回復されたと、彼女に会えるのが楽しみだと……。その言葉を聞いて、私は無性に陛下が憎くなって……」
 フィナが顔を俯かせる。今にも泣きそうな声を発しながら、彼女は言葉を途切れさせた。
「フィナ……」
 カットはフィナに声をかけていた。
 フィナがカットに顔を向ける。泣いているフィナにカットは雪玉を投げつけていた。雪玉は、悲しげな顔をしていたフィナの顔面に容赦なくあたる。
「ははっ!」
「陛下……?」
「ほらっ、もっと行くぞっ」
 カットは笑いながらフィナに雪玉を投げつけた。フィナは躊躇することなくその雪玉を叩き落とす。
「やるなっ! フィナっ!」
「陛下……あなたと言う人はっ!」
「ははははっ!」
 額に青筋を浮かべたフィナがカットを追う。カットは笑いながら駆けだしていた。
「待ちなさいっ!」
「ほら、防がないとまた雪玉が当たるぞっ!」
 カットは手に持っていた雪玉をフィナに投げつける。フィナは雪玉が体に当たっても気にすることなくカットを追った。
「人が真剣な話をしているときに、何を考えているんですかっ!?」
「いいじゃないかっ! ほら、もっと行くぞっ」
「いい加減にしなさいっ! カットっ!」
 フィナが地面の雪を手早くつかみ取り、カットに投げつけてくる。カットは颯爽とその雪を交わして、フィナに手持ちの雪玉をお見舞いした。負けじとフィナもカットに即席の雪玉を投げてみせる。
 ひらりとカットは踵を返し、再び駆けだした。
「ははっ! フィナに俺を捕まえられるかなっ!?」
「いい加減にしなさいっ!」
 叫びながらフィナがカットを追う。カットは笑いながら、そんなフィナから逃げだしていた。
 駆けながら、カットは空を仰ぐ。後ろからは、フィナの怒声が聞こえていた。
 その声が楽しげなのは気のせいだろうか。
 オーロラがたゆたう空から、白い雪が降ってくる。紺青の空を彩る雪は、月明かりを受けて煌めいていた。
 フィナの笑い声が、聞こえてくる。
 後ろを振り返ると、笑顔を浮かべた彼女がカットに雪玉を投げつけてきた。カットもフィナに向き直り、負けじと雪玉を投げつけてやる。
 ぽんっとフィナがカットに向かって跳んだ。カットの胸元に彼女は跳び込んでくる。
 その反動で、カットの体は仰向けに倒れていた。降り積もった雪が優しくカットの体を包み込んでくれる。
 白い粉雪が視界のすみを覆う中、カットは胸の中のフィナを見つめていた。
 フィナは、じっと眼を瞑ってカットの胸に顔をのせている。
「フィナ」
 カットが話しかけると、フィナはうっすらと眼を開けカットを見つめてきた。
「捕まえましたよ、陛下……」
 赤い眼が笑みを刻む。そっとカットはフィナの頭をなでていた。艶やかな黒髪がフィナの頬を滑り落ちていく。
「小さな頃も、こうやってフィナに捕まってたな」
「はい……」
「ねぇ、フィナ……」
 そっとカットは空を仰いでいた。
 七色に輝くオーロラが、燃えるように周囲を明るく照らしている。
 胸元に広がるフィナのぬくもりを感じながら、カットは彼女とオーロラに願いを託した夜のことを思い出していた。
 フィナと2人、ずっと手を繋いでオーロラを見つめていた。
 ずっとずっと、夜が開けるまで――
「あのときは、本当にすまなかった……」
「陛下……」
 フィナの声が震えている。カットがフィナに顔を向けると、彼女は今にも泣きそうな眼をカットに向けてきた。
「謝るのは私の方です。勝手な嫉妬で私はあなたの耳を……。それに私の母は――」
「この耳、変かな?」
 笑って、フィナの言葉を遮ってやる。
 カットは帽子を脱いでみる。驚いたように見開かれたフィナの眼が猫耳に向けられる。
「やっぱり、可愛い耳は嫌いかい?」
 カットは銀灰色の猫耳を困ったように動かしてみせる。フィナは表情を曇らせながらも、猫耳へと手をのばしてきた。
「いえ、可愛らしいです。とっても……」
「よかった」
 フィナの顔に笑顔が広がる。カットは優しくフィナに言葉を返し、オーロラを見つめた。
「俺は自分のことばっかりで、君のことなんて何にも分かってなかった。母さんが助かって喜んでばっかりで、君の悲しさに気づくことすらできなかった……。それが、悔しいんだ……」
「陛下……」
「2人きりのときは、カットでいい。命令だよ、フィナ」
「陛下……」
「カットっ」
 カットの言葉に、フィナは困った様子で顔を逸らしてしまう。カットは苦笑を浮かべ、フィナに言葉を返していた。
「また、君と友達になりたいんだ。だから、あのときみたいに呼んでほしい……」
 フィナの顔がカットに向けられる。潤んだ眼を細めて、彼女は微笑む。
「ありがとう。カット……」
 ぽつりと、カットの頬にフィナの涙が落ちた。

ケモノの物書き堂はナマケモノの一次創作ブログです。創作関連の最新情報はこちらまで。

 

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