王様と教会

                  Nordiske fantasy


 王都の外れには、古くから佇む樽板教会がある。
 大きな木製の梁と柱を利用して造られた教会は、丘のうえに建っていた。
 褐色の木製瓦で葺かれた屋根は5層にも折り重なっており、その外壁も鱗上の木製タイルで覆われている。中央に時計台を備えた教会の扉には、ユグドラシルを図形化した複雑な文様が透かし彫りで施されている。
 教会の建つ丘の周囲は急な斜面を持つ山で覆われており、その斜面には若い針葉樹林が疎らに生えていた。
 教会の建つ丘のうえに、カットを乗せた馬車とフィナはやって来ていた。
 手で廂をつくり、フィナが教会を見上げる。
 雪がやみ、空には太陽が昇っていた。雪に反射する陽光は眩しい。その陽光から眼を守るために、フィナは手を自分の眼のうえに翳しているのだろう。
 そんなフィナを見つめながら、カットは従者の助けを借りて馬車を降りる。降り積もったはかりの新雪は柔らかく、カットは靴底に広がる感触に笑みを浮かべていた。
「いつ来ても、凄いですね……」
 教会を眺めながら、フィナが口を開く。カットは彼女の横に並び、表情を窺っていた。美しい彼女の容貌は、心なしか曇っているように感じられる。
「ここに来たことが?」
「ここは、思い出の場所なんです。それに、王妃様の葬儀が行われたのも――」
 フィナの眼が伏せられる。その眼は遠い昔に思いを馳せているようだった。
 彼女は、母を知っているのだろうか?
 ふと、そんな疑問がカットの中に浮かぶ。そして思ってしまう。
 似ている。猫になってしまえば言いと、自分に呪いをかけた少女に。
 彼女と同じフィナの赤い眼が、その思いをより強くする。
「にゃあー」
 物思いに沈むカットを、猫の鳴き声が引き戻す。足元を見ると、教会で飼われている猫がカットのブーツに体をこすりつけていた。
 赤毛の長毛を持つ、この教会の看板猫だ。
「どうした? アップル」
「にゃー」
 猫の名を呼び、カットは足元の雌猫を抱きあげてみせる。抱き上げられた猫は上機嫌で喉を鳴らしてみせた。
「猫……。好きなんですか?」
「んっ?」
 ぎこちない声をかけられ、カットはフィナを見つめていた。フィナは興味深げにカットの腕に抱かれたアップルを見つめている。
「もしかして、フィナ……」
「いえ、任務中……」
「にゃあっ!」
 フィナの言葉を、アップルの愛らしい鳴き声が遮った。アップルはアーモンド型の眼をフィナに向けている。
 愛くるしい眼を見つめながらフィナは苦しげに呻き、胸元に手を当てる始末だ。
「い、今は任務中……。可愛くなんて、可愛くなんて……」
「抱いてみるか?」
「えぇ!?」
 カットの言葉に、フィナは大きく叫んでいた。
「ですが……その……猫なんて、そんな……」
「命令だよ、フィナ。アップルを抱くんだ」
「畏まりましたっ!」
 カットの命令に、フィナは嬉しそうに声をあげる。ばっと彼女はカットの前方に移動し、素早くカットに抱かれていたアップルを掠めとった。
「命令だったら、仕方ありませんね……。猫なんて可愛く……あ、何だかモフモフしてます。さすが、ノルウェージャンフォレストキャット……。あぁ、気持ちいい! 気持ちいい! 気持ちいぃい!!」
「にゅぁいあいあぁいいあぁぁぁ!!」
 アップルを抱きしめ、フィナはアップルの体に激しく頬ずりを繰り返す。驚いたアップルが奇妙な鳴き声をあげた。
「みゃう!!」
「あうっ!」
 怒り狂ったアップルの猫パンチが、フィナの頬を襲う。ぶにゅりと柔らかな肉球でフィナの頬を叩き、アップルは彼女の腕から跳びおりる。
「シャー!!」
 地面に着地したアップルは毛を逆立ててフィナを威嚇した。牙をフィナに見せつけながら、アップルは教会へと走り去っていく。
「アップルさん……」
 絶望に身を震わせながら、フィナは地面に膝をつく。彼女は力なく去っていくアップルへと手をのばしていた。
「ははっ、猫好きなんだな」
 腹に手を当て、カットは笑う。
 規律に厳しい女性かと思いきや、フィナの意外な一面を見ることができて嬉しかった。会ったときはとっつきにくい印象を受けたが、根は可愛らしい女性のようだ。
「あ……あ」
 地面に座ったままのフィナは、カットの笑い声に顔を赤くしてみせた。彼女はがばっと両手で顔を覆い、声をあげる。
「こっ、これは陛下の命令に従っただけでっ! その、けっしてそのような……」
「母さんも、猫が好きだった……」
「えっ……」
 カットの言葉に、フィナは顔をあげていた。
 きょとんとカットを見あげるフィナには、初めて会ったときのような凛とした印象は窺えない。おそらく、こちらが素の彼女なのだろう。
「フィナも女の子なんだな」
 カットは彼女に近づき、そっと手を差しのべていた。すっとフィナの頬が赤く染まる。
「陛下……」
「命令だよ、フィナ。俺の手を取ってくれないか?」
「はい……」
 カットから顔を逸らし、彼女はカットの手を取った。その行為に少しばかり寂しさを感じつつ、カットは言葉を続ける。
「一緒に来てくれないか? 母さんに君を紹介したい」「あなたなんて猫になっちゃえばいい!!」
 

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