​  桜 水 槽

 

 

 

 あの子が桜吹雪の中で泣いている。その光景を目にしてから、僕の体から涙を食べる金魚が生まれるようになったんだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

  桜水槽

 

 

 

 桜吹雪の中に、金魚が閉じ込められていた。

 桜吹雪の中にたくさんの金魚が泳いでいる。ぱくぱくと口を動かしながら、金魚は何かを食べていた。

風に飛ばされる涙の粒を、金魚たちは食べていた。

 

 

 

 水槽の中に桜の花びらを浮かべた。その花びらの中で、金魚が泳いでいる。

 花びらの中に金魚がいて、その金魚が水に浮かぶ花びらを行ったり来たりしているのだ。

 この不思議な金魚を見つけたのは数日前。

 校庭の裏庭で、見事な桜吹雪をみたときだった。

 その桜吹雪の中に涙が混じっていて、それを見たとたん――

「また、出てる……」

 水槽に映る自分の顔を見つめながら、僕は呟いていた。

 また、僕の中から金魚が生まれている。僕の頭から桜の花びらがふっと跳びだして、それが黄金色に輝く金魚になる。金魚は宙を泳ぐと、水槽の中の花びらへと吸い込まれるように消えてしまうのだ。

「なんなんだよ、これ……」

 ため息をつく。

 桜の中の金魚が、ぴちょんと跳ねて僕のため息に応えた。

 

 

 涙だ。

 あの桜吹雪と一緒に舞っていた涙を見てから、僕の中から金魚が生まれるようになった。なぜだかその金魚たちは桜の花びらの中を泳いでいて、その姿は僕にしかみえない。

 涙と一緒に僕はとあるものを見た。

 金魚みたく、黄金色に輝く長い髪を。

 

 桜吹雪の中を、ひらひらと金魚たちが泳いでいる。その桜吹雪の向こう側に、1人の女子生徒がいた。

 同じクラスメイトの駒鳥 金色だ。

 彼女はいつも放課後になると、校庭裏の桜並木にやってくる。僕はいつも、そんな彼女を校舎の2階から眺めている。

 駒鳥 金色は、日本人ではない。

 それが僕の第一印象だ。

 なぜなら彼女は透けるように白い肌と、金色に輝く朱色の髪を持っている。長いその髪がたなびく様子は、輝く金魚のようだ。

 そんな彼女から眼が離せなくなったのはいつごろだろうか。

 たぶん、視線が気になったのだと思う。彼女はいつもさみしげに校庭裏の桜をみつめていたから。

 風が吹いて、花びらが舞い上がる。それが、僕が顔を出す窓にも入り込んできた。

 花びらに水滴がついている。その花びらから金魚が跳びだしてきて、水滴にぱくりと食らいついた。

「また、泣いてる……」

 窓枠に頬杖をつきながら、僕は小さく呟く。

 大切な家族が死んだと彼女は言っていた。小さなときから飼っていた金魚が死んだと。

 死に別れた母さんが買ってくれた、大切な金魚だったそうだ。

 その金魚を、彼女はお気に入りの場所である桜の木の下に埋めた。

 どうして彼女は親しくもない僕にそんな話をしてくれたのだろう。

 それからだ。

 僕から金魚が生まれるようになったのは――

 風が吹いて、桜の花びらが窓に入り込む。

 風が強くなり、舞い込む花びらが増える。それと同時に、冷たい雨粒が僕の手を濡らし始めた。

 慌てて窓を閉めようとした僕の視界に、彼女が映りこむ。

 桜の木の下で俯いたまま、駒鳥は動こうとしない。

 そんな彼女に冷たい雨が降り注いでいく。

「あ……」

 雨が降っているのに、どうして動こうとしないんだろう。

 動かない彼女を、強風に煽られた桜の花びらが覆い隠す。その花びらのカーテンの中で、無数の金魚が泳ぎ回っている。

 彼女が泣いている。

 冷たい雨に気がつかないほどに――

 そう思ったとたん、僕は廊下を駆けだしていた。

 

 

 雨風に煽られながら、桜の花びらが舞い上がる。その花びらの中で、金魚たちはぱくぱくと口を開けながら、雨粒を食べていた。正確には、雨粒に混じっている涙を食べている。

 桜吹雪の中央には、駒鳥がいる。

 金魚のように輝く髪を靡かせながら、彼女は泣いていた。

 眼から溢れる涙は風に飛ばされ、金魚の口へと消えていく。その金魚たちを、彼女はじっと見あげていた。

「見えるの?」

 思わず彼女に問いかける。彼女は驚いた様子で僕へと振り向いた。

「神薙君……」

 潤んだ眼を見開いて、彼女は僕を見つめてくる。ふわんと僕の髪がゆれる。その髪の中から金魚が現れて、彼女の方へと飛んで行った。

 金魚は彼女の頬を口で突っつく。頬を流れる彼女の涙を食べているようだ。

「これ、神薙君が……」

 頬を突く金魚を指さし、彼女は問う。僕はゆっくりと頷いていた。

「どうして……」

 困惑に彼女の眼がゆれる。

 その眼を見て、僕は心臓を高鳴らせていた。

 初めて金魚を見たときのことを思い出す。

桜吹雪の中央で彼女は泣いていて、その髪が金魚の鱗のように輝いていた。

 泣いている彼女を見て、僕は思ったんだ。

「僕が、君の金魚になれないかな……?」

 想いを口にする。

 瞬間、彼女の頬がすっと桜色に染まった。

 僕は彼女に微笑んでみせる。

潤んだ眼を細めながら、彼女はゆっくりと微笑んでくれた。

そっと僕は彼女に近づき、彼女の体を抱きしめていた。

「神薙君っ」

 驚く彼女の声が、何だか妙に心地いい。

 顔をあげると桜吹雪が眼に入る。桜吹雪の中で、金魚たちが泳いでいる。

 その金魚たちが、ぽんっと音をたてて、消えていった。

ケモノの物書き堂はナマケモノの一次創作ブログです。創作関連の最新情報はこちらまで。

 

This site was designed with the
.com
website builder. Create your website today.
Start Now