王様と氷の塔

                  Nordiske fantasy



 海原が物凄い勢いで凍っていく。その凍りついた海の上を猫の大群が駆け抜けていく。先頭にいるカットは猫に戻ったレヴと共に、塔を目指し一直線に氷の海を疾走していた。
 塔は近づくにつれ、その不気味な巨大さを露にしていく。そんな塔の前に、氷の巨人が待ち構えていた。
「陛下っ!」
 レヴの体が光り輝く。彼は人間の形をとって、腰にさげていたレイピアとタガーを抜き放った。氷の巨人の手にも、氷でできた剣が握られている。一直線に振り下ろされたその剣をレイピアとタガーで受け止め、レヴは叫んだ。
「行っちゃって下さいっ!」
「にゃあ!!」
 巨人の股を潜り抜け、カットは閉ざされた氷の扉へと駆けていく。カットの前に火球が生じ、それは勢いよく氷の扉へとぶつかった。
 カットは円状に溶けた扉から、塔の中へと跳び込んでいく。
 扉の向こうには、大ホールが広がっていた。そこに佇む独りの女性を認め、カットは歩みをとめる。
「にゃあ!」
 ――フィナ!!
 カットは黒衣を纏ったフィナを呼んだ。だが、彼女の眼は虚ろでカットの言葉に眉1つ動かさない。
「おやまぁ、そんな姿でよく戻ってこれたものだっ……」
 笑い声がホールに響き渡る。フィナの背後からローブを纏ったムルケが姿を現した。整った顔に笑みを浮かべ、ムルケはカットを嘲るように言葉を続ける。
「だが、フィナはもうお前のことなど覚えていないよ……。私を守ってくれる、大切な娘なんだ。ほらフィナ、母さまを敵から守って頂戴……」
 そっとフィナの頬に細い指を這わせ、ムルケは彼女に囁いてみせる。フィナは背後にいるムルケに振り返り、空虚な笑みを浮かべてみせた。
「にゃあっ!」
 カットはフィナを呼ぶ。だが振り向いた彼女は、カットに色のない眼差しを送ってくるばかりだ。
「にゃあ!!」
 それでもカットはフィナを呼ぶ。その瞬間、彼女の眼に光が宿った。
「猫……さん……?」
「フィナ、その猫を殺しておくれ……」
 ムルケがフィナに言葉をかける。
 フィナはゆったりとムルケに振り向いた。その眼は少しばかり動揺にゆらいでいるように見える。
「フィナ……」
「はい、母さま」
 無感動な声でムルケに返事をし、フィナはカットへと向き直る。その眼に光は宿っていなかった。



 氷を砕く音が、ホールに響き渡る。フィナの直刀がホールの床に突き刺さったのだ。カットはすんでのところで斬撃を躱し、横へと跳ぶ。
「にゃあっ!」
 必死になってフィナに呼びかける。だが、フィナは無感動な眼を向け、カットに向かい刃を振るうばかりだ。その刃を避け、カットはホールの中央にある螺旋階段を駆けあがり始めた。
「まって……」
 フィナもカットを追いかけ階段を駆けあがってくる。カットはフィナを振り返った。その手には剣呑な光を放つ、直刀が握られている。
 このままではフィナは自分を殺してしまう。そうならないために、カットは螺旋階段をのぼっている。
 上手くいくかは分からない。だが、カットはフィナに賭けることにしたのだ。
 おそらくフィナはムルケによって意識を乗っ取られている。だったら、その意識を何かしらの手を使って呼び起こせばいい。
 先ほどの呼びかけで、フィナは自分の鳴き声に反応を示してくれた。
 だったら、もっと大きな刺激をフィナに与えば――
 幸い螺旋階段には手すりがない。そして、この階段は高い塔の最上部まで続いてるらしかった。
 カットは歩みをとめ、下を見おろす。
 ずいぶんと高いところまでのぼって来てしまった。嗤うムルケの顔が小さく見える。
「まって……」
 すぐ後方では、フィナの声が聞こえてくる。
 条件は整った。緊張に心臓が早鐘を打つ。カットはそんな自分を落ち着かせようと大きく深呼吸をしてみせた。そして、下に広がる氷の床を見つめる。
 体を小刻みに動かし、カットは螺旋階段から跳び下りた。
「猫さんっ!」
 フィナの悲鳴が聞こえる。彼女もまたカットを追って螺旋階段から跳び下りたではないか。
 目論見が当たった。フィナは大の猫好きだ。そんな彼女が、猫になった自分の危機に反応しないわけがない。
「フィナっ!」
 ムルケの悲鳴が塔に響き渡る。
 フィナはそんな彼女の声に反応することなく、落ちていくカットを抱きしめた。ぎゅっとカットを胸元に抱き寄せ、フィナは背中を下にして落ち続ける。
 このままいけばフィナは猫になったカットを庇い、氷の床に体を打ちつけることになる。
 だが、そんなことはさせない――
「にゃあ……」
 しっかりと抱きしめられたカットは、フィナの腕から辛うじて体をのばす。
「猫さん……」
 フィナが自分を呼んでくれる。
 彼女に顔を近づけながら、カットは亡くなったヴィッツの言葉を思い出していた。
 ――女の子と仲良くなるおまじないよ。額は信頼の証。でも、カットがその子を好きになったら――
 額にされた、あたたかな口づけを思い出す。
 でも、自分はフィナを愛している。だったら口づけをするのは額ではない。
 そっと彼女の顔に近づき、カットはフィナの唇に口づけをしてみせる。フィナは大きく眼を見開き、カットを凝視した。
「カット……?」
 フィナが震えた声で自分に問いかけてくる。
「にゃあ!」
「カットっ!」
 そうだと鳴いた瞬間、フィナの眼に光が宿った。
「そんな、私のせいで猫になっちゃうなんて、そんな……」
 カットの顔を覗き込み、フィナは震えた声を発する。彼女の涙が、カットの猫毛を濡らしていった。
 その瞬間、カットの体が光に包まれた。
 光の球となったカットの体はフィナの腕から抜け出し、みるみるうちに人の形へと姿を変えていく。フィナの漆黒の衣装もまた光に包まれ、雪を想わせる純白のドレスへと戻っていた。
 光は次第にやんでいく。人の姿を取り戻したカットの体は、眼を瞑ったままゆったりと落ちていくではないか。
「カットっ!」
 フィナは叫び、そんなカットの体を両手で支えていた。
 カットは眼を開く。眼を潤ませるフィナの顔を見て、カットは苦笑を浮かべていた。
 フィナの思いが彼女の魔法を発動させ、カットをもとの姿に戻してくれたのだ。 それなのに、フィナは悲しげに眼を潤ませている。
「ごめん……。また、悲しい思いをさせちゃったみたいだね……」
「カットのバカ……」
 そっとフィナの頬をなで、カットは笑みを深める。泣きそうな眼に笑みを浮かべ、フィナはカットを抱き寄せていた。
 お互い笑顔を浮かべながら、2人は再び口づけを交わす。
 溶けた氷の扉から、続々と猫がホールへと跳び込んでくる。猫たちはぎゅむぎゅむと身を寄せ合わせ、落ちてくるカットとフィナに顔を向けていた。
 猫たちが作ったふかふかなクッションの上に、カットとフィナはゆったりと降り立つ。
 そっと2人は唇を離し、お互いの顔を見つめ合った。
「フィナ、俺が分かる?」
「えぇ、迎えに来てくれたのね……」
 カットの問いかけにフィナは笑みを深める。カットはフィナを抱きしめ、そっと耳元で囁いた。
「もう、絶対に離さないよ……。フィナが嫌がっても駄目。命令だよフィナ、ずっと俺の側にいて……」
「うん……。ずっと、カットと一緒にいる」
 フィナの腕がカットの背中にのばされる。カットを抱きしめ返しながら、フィナはカットの胸に体をゆったりと預けてきた。
「フィナ……」
 そっと眼を細めカットは笑っていた。
 フィナが自分の腕の中にいる。フィナのあたたかさを全身で感じることができる。それが無性に嬉しくて、たまらなかったのだ。
「フィナから離れろっ!」
 そんなカットに非難の声を突きつける者がいた。すっとカットは笑みを消し、その人物へと顔を向ける。
 ムルケがフィナと同じ赤い眼を歪め、カットを睨みつけていた。
「お前たちは私からまた奪うのかっ! またっ!!」
 彼女の怒声と共に、地響きがする。氷のホールは激しいゆれに包まれた。ムルケの後方から氷の床を突き破り、巨大な蛇が姿を現す。
 赤い眼に縦長の瞳孔を持つ巨大な蛇は、舌をちらつかせながら雄たけびをあげる。その雄たけびが、周囲の空気を震わせた。
「ヨルムンガンド……」
 フィナが怯えた声を発する。
 ヨルムンガンド。冥府の女神ヘルの兄にして、大地を取り囲むほどの巨大な体を持つ蛇。神々によって地中に閉じ込められたこの大蛇が動くことで、地震は起きるという。
 神話の怪物を彷彿とさせる魔物の出現に、カットは奥歯を噛みしめていた。フィナから離れ、カットは腰にさげた剣を抜き放つ。
 猫たちのクッションから降り、カットは大蛇に剣を向けていた。
「カット……」
 フィナの不安げな声が猫耳に響く。カットはフィナを振り返った。彼女は、不安げな眼をカットに送るばかりだ。
「大丈夫、君のお母さんと少し話をするだけだ」
 口元に笑みを浮かべ、カットはフィナに弾んだ声をかけていた。
「ふざけたことを抜かすなぁ!!」
 ムルケの怒声が聞こえてくる。蛇の唸るような声が猫耳に響き渡り、カットは素早く後方へと振り向いていた。
 蛇がカットに襲いかかる。巨大な口を開き、魔物はカットを呑みこまんとしていた。猫のごとき俊敏な動きでカットは横に逃れ、斬撃を蛇の脇腹にお見舞いする。蛇は悲痛な叫び声をあげながらも、尻尾をカットの背中に叩きつけた。カットの背中に衝撃が走る。激痛にカットは呻き、胃液を口から吐き出していた。
 カットは歯を食いしばり、自身を襲った蛇の尾へと向き直る。後退する蛇の尾を跳躍して追いかけ、剣を振り上げて一刀する。蛇の尾は赤い血をまき散らしながら、蛇の体から分断された。
 悲鳴をあげながら、蛇はカットに鋭い牙を見せつけてくる。その牙でカットを威嚇しながら、蛇は襲いかかってきた。
「カットっ!」
 フィナの悲鳴が聞こえる。
「フィナちゃんっ!」
 そのときだ。レヴの大声がホール中に響き渡った。
 溶けた扉からレヴがホールへと跳び込んでくる。彼は手に持っていたレイピアをフィナめがけて投げた。レイピアは放物線を描いてフィナのもとへと跳んでいく。フィナはそのレイピアを受け取り、猫たちのクッションから跳び下りてみせた。
「カットっ!」
 レイピアを手に、フィナはカットのもとへと駆けつけてくる。
「フィナっ!」
 カットの叫び声を合図に、2人は剣を振るった。
 跳躍したフィナが放った一突きが大蛇の眼を抉る。もがき苦しむ大蛇の喉を、カットの斬撃が襲う。
 喉から血を噴き上げ、蛇は悲痛な悲鳴をあげながら氷の床に倒れ込んだ。蛇の鮮血を浴びながらカットは蛇の後方へと駆けていく。
 そこには、ムルケがいた。唖然とするムルケに向かい、カットは剣をふりあげる。
「やめてっ!」
 フィナの悲鳴が猫耳に響き渡る。
 それでもカットはためらうことなく、ムルケに剣を振り下ろしていた。

ケモノの物書き堂はナマケモノの一次創作ブログです。創作関連の最新情報はこちらまで。

 

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