​   オペレーションシステム

     MERROW

               operation.1 人魚の水槽

 水槽で色とりどりの人魚が泳いでいる。それは花が咲き誇っているかのように美しい光景だった。

 青色、赤色、黄色に、橙。

 彼女たちの尾びれを覆う鱗は、まるで花びらのように鮮やかだ。人魚の尾びれは水中に燐光を残していく。燐光が花火のようにぱっと散る。

 その光景が、映写機みたいに繰り返し僕の目の前を彩っていくのだ。

 そして、水槽に浮かぶ僕はその光景を『視る』。自分の眼ではなく、僕の体に埋め込まれた特殊デバイスを使って。

 デバイスを通じて僕の脳内に存在する擬似視覚野が働き、僕に映像を認識させているのだ。

 僕は水槽の中に浮いている。

 生まれてから、僕はこの人口子宮から出たことがない。

 僕の体は動かない。生まれてすぐ、僕の運動野は酷い外傷を負ってしまった。そんな僕を生かすために、父さんは僕をここへ入れたんだ。

 ――みさき。どの子がいい。どの子が、みさきのお気に入りだ?

 父さんの声が頭の中で響く。デバイスが父さんの声に反応し、水槽の正面を映し出す。

 水槽の硝子に僕の体が映る。焦点の合わない眼をこちらに向けてくる僕は、骸骨みたいな体をしていた。その体には無数のコードが取りつけられている。

 半透明に透ける僕の体の向こう側に父さんがいる。よれよれの白衣を着た父さんは無精を生やした顔に、人懐っこい微笑みを浮かべていた。

 父さんはいつも笑っている。僕は、そんな父さんの笑顔を見るとホッとするんだ。

 僕はちゃんと人間なんだと安心する。父さんは、ちゃんと僕を息子として愛してくれていると確認できる。

 僕のことをモルモットだと言う人もいる。実験に取り憑つかれた父さんは、実の息子を自分の欲望のために犠牲にしたのだと。

 ――みさき、どうした? みさき?

 頭の中で、父さんが呼びかけてくる。父さんの顔が、不安げに僕を見つめていた。

 ――なに? 父さん?

 僕は頭の中で父さんに返す言葉を思い浮かべてみる。その言葉が、鏡文字で水槽のガラスに書き込まれる。水槽のガラスは透明ディスプレイになっており、僕の話したい言葉を表示できるようになっているのだ。

 口の聞けない僕は、こうやって父さんと『会話』をする。

 この言葉は水槽の外にいる父さんに向かって書かれたものだ。水槽を覗のぞいている父さんからは、鏡文字はちゃんとした文字として表示されている。

 ――みさきにパートナーをあげようと思って、この『メロウ』たちを放したんだが、気に入らなかった?

 ――メロウ? 何それ?

 ――アイルランド諸島に伝わる人魚の名前だよ。この子たちはミサキのパートナーになる子たち、『オペレーションシステムMERROW』だ。みさきはどのメロウが良い?

 デバイスで僕は水槽の中を泳ぐメロウたちを視る。僕の動かない体を、半透明の彼女たちは通り抜けていく。

 この子たちはホログラムだ。彼女たちは父さんの造った人工知能、電子の世界で生きるAIの人魚たちだという。

 その中から父さんは、僕だけのメロウを探せというのだ。

 国の法律で、12歳以上の未成年者には健全な育成と学習をサポートするAIが与えられることになっている。

 2045年にAIが人類の知能を超越ちょうえつしてからというもの、人類の日常は一変した。今や国連の最高決議から国際司法裁判所の採決、戦争の停戦に至るまでAIの存在は欠かせないものとなっている。

 特に人口減少が著しいこの国において、労働の機械化は避けては通れない問題だった。いまや人が並んでいたラインは全てアームロボットが取り仕切り、その無数のアームロボットが可動する全国各地の工場を、本社にあるひとにぎりのAIが全て一括管理している。

 人が意見を出して、最終決定をAIが決める。そんな関係が当たり前のものとなっているらしい。といっても、脳に接続されたインターネットから得た情報だからどこまで正確なのかはわからないけど。

 今も昔も、電子の海には偽りと真実が無数に浮かんでいる。そのネットの中から子供たちに有益な情報をもたらす存在が、義務教育型オペレーションシステムと呼ばれるAIだ。

 文部科学省が開発したこのオペレーションAIは、この国の国籍を持つ全ての子供たちに譲渡されることになっている。

 そして父さんは独自開発した義務教育型オペレーションシステムを誕生日プレゼントとして僕に贈るつもりなのだ。

 と言っても……。

 ――選べないよ。こんなに……。

 自分の周囲を巡る人魚たちを、僕は『視る』。さぁ、私を選んでよ。そう言いたげにメロウたちは宝石のように煌きらめく眼を向けてくるのだ。

 戸惑いの言葉を僕は父さんに送ってみせる。ガラスに書かれた文字を見て、父さんの顔が悲しげに曇る。

 ――みさきが喜ぶと思って、いろんな子を作りすぎちゃったかなぁ? どうしよう……。パパ、どうしたらいいかなぁ?

 ――どうしたらいいって……。

 涙ぐむ父さんを見て、僕は呆れ果てる。

 義務教育型オペレーションシステムは1人の子供につき1つというのが原則だ。複数持つ子供もいるらしいが、それはとても少ない例らしい。

 尾びれを輝かせ、急かすようにメロウたちは僕の周囲をぐるぐる巡る。

 その中に1匹だけ、毛色の違う奴がいた。

 真っ白なメロウだった。

 白というと少し語弊がある。彼女の眼は瑠璃色をしていたし、体も他のメロウと同じく輝いていた。

 蒼色と表現したらいいだろうか。

 そのメロウが体を動かすたびに、体全体が月光のような輝きを放つのだ。特に彼女の髪は印象的だった。

 ウェーブのかかった白銀の髪は、月光に照らされた水面のように静かに煌く。その光景が美しくて、僕は思わず彼女に見入っていた。

 ――その子が気になるのか?

 父さんの声が、頭の中で響く。僕は正面にいる父さんを視た。父さんは、楽しそうに微笑んでいるじゃないか。

 ――月みたい……。

 ――その子を造った日は、月が綺麗だったんだよ。

 父さんの嬉しげな声が、頭の中で答えてくれる。

 ――ほら、呼びかけてごらん? その子は、みさきに応えてくれるよ。

 父さんの言葉に応じて、僕は彼女に呼びかけてみた。

 ――こんにちは……。

 ぎょっとメロウは眼を見開いて僕を見てきた。でも、彼女は不機嫌そうに頬を膨らませて、僕から顔を逸らしてしまったのだ。

 ――僕、嫌われてない?

 ――あれ……。おかしいな。このメロウたちには、みさきに対して好意を抱くようプログラムしているはずなんだけど……。

 父さんが苦笑してみせる。僕はすっかり気を落として、白いメロウを視た。

 メロウの頬が、ほんのりと桜色に染まっている。ジト目になった彼女は、恥ずかしそうに僕の方を見てるじゃないか。

 ――父さん、この子……。

 ――こりゃ、ツンデレってやつだな……。

 父さんが苦笑してみせる。何だかおかしくなって、僕はメロウにこう呼びかけていた。

 ――ねぇ、君。僕の1番になってよ。

 驚いた様子でメロウが僕を見つめてくる。そのまま彼女は動きを止め、じぃっと僕を凝視してきた。

 ――僕の大切な人になって……。

 ――みゅう……。

 僕に向き直り、メロウは恥ずかしそうに鳴いてみせる。その顔は林檎のように赤かった。

 これが、僕とメロウの出会い。

 僕がまだ、『漣 みさき』だった頃の話――

ケモノの物書き堂はナマケモノの一次創作ブログです。創作関連の最新情報はこちらまで。

 

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