​カナリアとキツツキ

 

 祈り花火

「神様、カナリアを殺さないで下さい……」
 大輪の花火が咲く夜空を仰ぎ、僕は祈る。
 今日は、祈り花火の日。祈りを籠めた花火を打ち上げる、年に一度のお祭の日だ。村人たちはこの日のために、花火師に自分の願いを籠めた花火を作ってもらう。
 だから僕はカナリアが助かりますようにと、花火に願いを籠めた。
 幼馴染のカナリアは、兎のキメラだ。キメラとは世界を構成する火、土、水、風の四大元素がバランスを崩すことによって産まれる、人間と動物の間の存在。キメラの外見は人間に酷似していることが多いが、寿命や嗜好などが人と異なる場合がある。特に兎のキメラは病弱で寿命も短い。
 小さな頃から、カナリアは治癒院に通いっきりで生死の境を何度も彷徨っていた。
 ――もう私、長くないんだって……
 数日前、治癒院で療養中のカナリアは悲しそうに笑って僕にそう告げた。彼女を観ている治癒師によると、カナリアの命はもって一年と少しらしい。
 彼女の悲しい笑顔が頭から離れず、僕は笑うことができなくなった。いつも隣にいたカナリアがいなくなるなんて、考えたくもない。でも、無力な僕に出来るのは花火に祈りをことだけだった。
 闇空にカナリアの瞳と同じ色彩をした紫の花火が咲き誇る。僕が祈りを籠めた花火だ。
「カナリアを、どうか生かして下さい……」
 花火を仰ぎ、僕は祈る。
 神様、僕はどうなってもいい。カナリアを僕から奪わないで下さい。


 

「キツツキが笑いますように」
 治癒院の白い病棟に、カナリアの優しい声が響く。指を組んで、ベッドの中にいる彼女は神様に祈りを捧げていた。
「なに、そのお祈り?」
「だって、キツツキの顔、凄く暗いんだもの」
 尋ねる僕に、彼女は軽く苦笑して答える。彼女の兎耳がぴょこんと小さく跳ねた。
「……」
「分かってる、私のせいだよね」
 心が重たい。カナリアの顔を見られなくて、僕は俯いた。カナリアの命はこの瞬間にも消えかけているんだ。笑顔なんか浮かべられるはずがない。
「キツツキ」
 彼女の両手が僕の手を優しく包み込んだ。僕は顔をあげる。
「キツツキがいつも私の側にいて笑ってくれていたから、私は生きてこられたんだよ」
 カナリアは笑っていた。
「キツツキが悲しんでばかりいたら、私は悲しくて淋しくて、死んじゃうかもしれないから」
 言葉を継ぎながら、彼女は僕の手を強く握り締める。太陽のように暖かな彼女の笑顔が眩しすぎて、僕は彼女から視線を逸らした。
「笑ってよ、キツツキ。そしたら私、もう少し生きていられるから」
「ずっと生きててもらわなくちゃ、僕が困る……」
 僕は呟くように言葉を口にする。
「カナリアには、いつも側にいて欲しいもの」
 笑顔を浮かべて、僕は自分でも恥ずかしくなるような台詞を吐いていた。
 何いってるんだ、僕。これじゃまるで、
「それって、告白?」
 ほんのりと頬を赤らめて、カナリアが僕の思ったことを口にしてくれる。
「ちがっ、これは、その…… カナリアはちっちゃいときから良く一緒にいたし……」
「顔、赤いよ」
 どぎまぎする僕を見つめながら、カナリアは笑った。
 うっと、僕は言葉に詰まる。
「キツツキと、ずっとこんな風に過ごせたら良いな」
「そうだね」
 カナリアが微笑む。
 そうでありたいと思い僕も微笑んだ。
 君が笑顔を望むなら、僕は笑っていよう。君には、いつも笑顔でいて欲しいから。

 時が巡って、また祈り花の日がやってくる。僕はカナリアと二人で、夜空に打ち上げられる花火を眺めていた。祈り花火に籠めた願いが通じたお陰かもしれない。
 彼女は昔と変わらず僕の側にいる。僕に笑っていて欲しいと言ってくれたその晩、彼女は危篤状態に陥り生死の境を彷徨った。
 あの時のことは、まるで昨日のことのように鮮明に覚えている。待合室で僕は彼女の無事をただ祈ることしかできなかった。無事を願っても、最悪な結末ばかりが頭を絶えず過る。彼女を失う恐怖と、不甲斐ない自分への憤りに体の震えが止らなかった。
「ねえ、キツツキはどんなお願いを花火に籠めたの?」
 弾んだカナリアの声を聞いて、僕は引き戻される。こちらを見つめる彼女を見て、僕は泣きそうになった。カナリアが生きていてくれて、胸が締め付けられそうなほど嬉しい。側にいることしか出来ない僕に、カナリアはいつも沢山のものをくれる。数え切れないほど、沢山のものを。
「秘密」
 涙を堪えて僕は微笑む。教えても良かったけど、さすがにあの願いごとは恥ずかしいので言うのはやめた。
「カナリアこそ、どんな願いごとを籠めたの?」
「秘密……」
 顔を赤らめてカナリアは俯く。聞き取れないほど小さな声で彼女は答えた。
 そのリアクション、僕とまるっきり同じなんですけど。
「ねえ、どんな願いごとを花火に籠めたのか、同時に言ってみようよ?」
「え」
「それなら、恥ずかしくないでしょ……?」
「うん……」
「じゃあ、いくよ」
 僕らは息を吸って、同時に口を開く。
「カナリアとずっと、一緒にいられますように」
「キツツキとずっと、一緒にいられますように」
 お互いの願いを聞いた僕らは、顔を赤くして黙り込む。しばらく、見つめ合ったあと、僕らは声をあげて笑いだした。
 夜空を二つの花火が彩る。僕の瞳と同じ翠色の花火と、カナリアの瞳と同じ紫の花火。お互いの祈り花火を見つめながら、僕らはそっと手を繋いだ。
 ――僕らの願いが叶いますようにと、心の中で祈りがなら。

 子宮の音

 

  カナリアの目前に広がるのは、暗い隧道だった。
 歩くたびに足音が反響して、周囲に木霊する。その音が何だか怖くて、カナリアは頭部に生えるうさ耳を震わせていた。
 女神の子宮をモチーフに造られた、この大地巡りの迷路に迷い込んで、ずいぶんと時間がたった気がする。
 ――地中は女神の子宮だそうだよ。
 そう、キツツキが言っていたことをカナリアは思いだしていた。
 生きとし生ける物はみな、大地の恵によって育まれ、命なきあとは大地に還っていく。
 太古から人々は大地を大いなる母と崇めていた。そして、地下を地母神の子宮。 すなわち命が還り、また蘇っていく冥府と考えたのだ。
 人々はその信仰を表すために洞窟などを地母神の子宮に見立て、神殿として奉っていた。この大地巡りの迷路もそうして作られた聖域の1つだ。
 うさ耳をピンとたて、カナリアはあたりを見回す。
 荒く削られた暗い隧道がカナリアの前方には広がるばかりだ。後方に目を向けても、あるのは暗い通路ばかり。
 完全に道に迷ってしまった。
「どうしよう……」
 一緒にいたキツツキとはぐれて、どのくらい時間が経ったのだろう。心細さは増すばかりで、こんな所に来なければよかったと後悔してしまう。
 復活祭で打ち上げられる花火を見てから、カナリアと大地巡りの迷路に挑戦してみた。カナリアは見事キツツキとはぐれ、道に迷ってしまっている。
 ごぉんと隧道に轟音が響く。びくりとカナリアはうさ耳をたてていた。
 音は、地上で打ち上げられている祈り花火のものだ。年に1度、人々は願いを込めた花火を空へと打ち上げる。
 キツツキに告白されたのも、数年前の祈り花火の日だった。
 ――カナリアとずっと一緒にいられますように。
 そんな願いを祈り花火に込めたと、彼は教えてくれたのだ。カナリアもまた同様の願いを祈り花火に込めていた。
 キツツキとずっと一緒にいられますようにと。
 世界を構成する5大要素のバランスが崩れ、動物と人間の特徴を併せ持つキメラという存在が生まれることがある。
 そのキメラであるカナリアは生まれつき体が弱い。
 生まれたときからカナリアは何度も生死の境を彷徨っている。それでもキツツキは側にいてくれるのだ。
「キツツキ」
 彼を呼ぶ。 
 ぎゅっとカナリアは右手を左手で握りしめていた。数日前、体調を崩して寝込んでいたときも、キツツキはずっとこの手を握り締めていてくれた。
 ぼうっと掌にキツツキの温もりが蘇ってくる。カナリアの頬が熱くなる。
 祈り花火の音が、木霊する。
 眼を瞑ると、早まる心臓が花火の音をかき消していた。鼓動が大きい。キツツキのことを考えるだけで、カナリアの体は熱を帯びて彼への想いでいっぱいになるのだ。
 眼を開ける。
 目の前には暗い隧道が変わらずにあった。隧道の先は、闇に閉ざされ覗うことができない。寺院に併設された治癒院の地下に広がるこの迷路は、女神の子宮を模して造られている。
 また、花火の轟音が迷路を震わせる。その音は休むことなく続いていく。
 まるで、心音のよう。
 大地に眠るたくさんの命が、芽吹く時を待って地の下で鼓動を刻んでいる。
 カナリリアのうさ耳に、その音は心地よく響き渡っていた。
 この迷路を出ることは、生まれ変わりを意味するのだとキツツキは言っていた。
 あぁ、まるで自分の命のようだとカナリアは思う。
 生死の境を彷徨い覚めるたびに、カナリアは自分が生まれ変わったような不思議な気持ちになるのだ。
 死に囚われることなく、まだ生きている奇跡に驚かされる。
 自分の手を握って側にいてくれるキツツキの温もりが、とても愛おしく思える。
「私は、キツツツキと一緒に道に迷いたい……」
 この命が消えそうになっても、キツツキが生きる力を呼び覚ましてくれる。キツツキがいるから、カナリアは今ここにいるのだ。
「カナリアっ」
 応えるように声がした。
 はっとカナリアはうさ耳をたち上げ、声のした前方を見つめる。
 暗闇を蒼い光が照らしていた。その光に照らされ、キツツキの姿が闇の中に浮かび上がっている。光は、彼が持つ卵型のランタンから放たれているものだった。
 カナリアの心臓が高鳴る。
「キツツキっ」
 嬉しくなってカナリアは彼に駆け寄っていた。ぎゅっと彼を抱きしめ、その温もりを体全体で感じる。
「カナリア……」
 キツツキの上擦った声がする。それでもかまわず、カナリアは彼を抱き寄せていた。
 彼の心音が心地よく耳に響く。その音はとても早いように感じられた。
「キツツキ、照れてる?」
「急に抱きついてこないでよ……」
「だって、キツツキがそこにいたんだもん……」
「それ、理由になってない」
「理由になってる」
「カナリアがそう言うなら、そうなんだろうね……」
「見つけてくれてありがとう」
 彼に微笑む。
 キツツキは翠色の瞳を見開き、カナリアをじっと見つめた。ランタンの明かりを受けて、彼の瞳が蒼い燐光を放つ。その光は、まるで花火のようだ。
 キツツキが願いを込めて打ち上げてくれる、祈り花火。その色はカナリアの瞳と同じ紫色をしている。カナリアが願いを込めて毎年打ち上げる祈り花火も、キツツキの瞳と同じ翠色をしているのだ。
「ごめん。見つけるの、遅くなっちゃった……」
 キツツキの瞳が陰りを帯びる。
「いい、見つけてくれたもん……」
 キツツキの美しい瞳が見たい。その一心でカナリアは微笑んでいた。
 彼の瞳が煌く。嬉しそうに瞳を綻ばせて、キツツキはカナリアの手を握った。
「行こう、あっちが出口だよ」


 


 迷路を抜けると、そこは一面蒼の世界だった。
 夜空には、蒼い三日月が浮いている。
 月光が眼前に迫る庭園を月白色に染めていた。庭園を彩る花も蒼い薔薇だ。
 古来より月の蒼は女神の色とされている。そして女神に捧げられた蒼い薔薇は、奇跡を意味する花だそうだ。
「きれい……」
 ほうっとカナリアは呟き、眼前に広がる蒼の世界に魅了されていた。花火が闇空に咲いては、庭園を明るく照らし出す。
 花火の破裂音は、まるで鼓動のように周囲に響き渡っている。
「何だか、違う世界に来たみたいだ」
 キツツキが小さな声で囁いた。
「ううん、私たち生まれ変わったのよ。だって、女神のお腹から出てきてんだもの」
「そうだね。違う世界に生まれ変わった……」
 キツツキがカナリアに微笑みかけてくる。とっさにカナリアは彼を見上げていた。
 数年前まで、カナリアはキツツキと同じぐらいの背丈だった。今ではすっかり追い抜かされて、キツツキはカナリアよりずっと背が高くなっている。
 彼がそっと、カナリアの手を握り締めてくる。小さかった彼の手は、いつの間にか自分の手を包み込めるほど大きくなっていた。
「もし、生まれ変わってもキツツキは私を見つけてくれる?」
「カナリアこそ、俺の側にいてくれる?」
 キツツキが顔を覗き込んでくる。彼の吐息が頬にかかり、カナリアは頬を赤らめていた。
 昔は、女の子みたいな声で『僕』と自分のことを呼んでいたのに、いつの間にかキツツキは『俺』と自分のことを呼ぶようになった。
 彼の声は低く、それでいて優しさを感じられる。
「いるじゃない、側に」
「うん」
 ただ、2人は見つめ合う。
 祈り花火の夜に思いを告げ合った頃のように。
 カナリアはキツツキの手を引き、駆け出した。転びそうになりながらも、キツツキはカナリアについていく。
 目指すのは蒼い薔薇の咲き乱れる庭園。立ち止まったカアリアはキツツキの両手を握り締め、微笑んだ。
「踊ろう、キツツキ」
「まったく、君は」
 キツツキは苦笑して、カナリアの手を優しく払った。あっとカナリアが声をあげる。キツツキは片腕をカナリアの腰に回し、カナリアを抱き寄せてきた。
「キツツキ……」
「ほら、踊るんでしょ? リードしてあげるから」
 キツツキが微笑んだ。
 月明かりを受けて、キツツキの瞳が煌く。蒼い、月光のように。
 その瞳に吸い込まれそうだ。
 カナリアの心臓が大きく高鳴る。キツツキがより強く、カナリアを抱き寄せてきた。
「キツツキっ」
「カナリアの心臓。凄く早く鳴ってる……」
「キツツキ……」
「ちゃんと、生きてる……」
 耳元で彼の声がする。何だか嬉しくなって、カナリアはうさ耳をたらしていた。
 耳を澄ませれば、キツツキの心音が小さく聞こえる。まるで、自分はここにいるよとカナリアに教えてくれるように。
 自分は何度も命の境を彷徨ってきた。
 そのたびに、キツツキはずっと側にいて手を握っていてくれる。目覚めたカナリアを抱きしめて、カナリアが生きていることを喜んでくれる。
「カナリア」
 キツツキが声を上げ、カナリアに微笑んでみせた。
 瞬間、カナリアの視界がぐるんと動く。キツツキがカナリアを抱いたまま、体を回し始めたのだ。
 カナリアは笑いながら、キツツキと一緒に踊る。
 笑い声に呼応するように、祈り花火の音が庭園に木霊する。2つの音をメロディにして、カナリアとキツツキは蒼の庭園で回り続ける。
 夜空に昇る月は、そんな2人を優しく照らしていた。

 

 

 

ケモノの物書き堂はナマケモノの一次創作ブログです。創作関連の最新情報はこちらまで。

 

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