​名無し少女と、百目女

赤目と大鎌

 その男はぎょろりと光る一つ目が印象的な巨漢だった。赤く輝く一つ目には斜めに痛々しい傷が走っている。その一つ目の両側に、菫色をした愛らしい眼がついていた。

 男が物音に反応するたび、その二つの目が音のした方向へと向けられる。

 どうやら男は、一つ目の脇についた菫色の眼でものを見ているらしかった。

 手に持った大釜で幅広な肩を叩きながら、男は分厚い唇に笑みを浮かべている。

「百目、ちょうど良かったよ。やや、この愛らしい紫色にも飽いてきたところでね。眼をもらえるとありがたい。ありがたいのたが……」

 一つ目の脇についた眼を指差し、男は懇願するように百目に語りかけてくる。

 この人が一目連さまなのだろうか。

 そう思い、ナナシは大男を見つめる。そんなナナシの前にさっと狐たちが立ちふさがった。

「いやいや、一目連様、ようこそようこそ。こんこん」

「どうぞ、ポン菓子はいかがですか。こんこん!」

「それともぉ、油揚げはいかがですかねぇ、こんこん」

 ナナシを隠すように背伸びをして、狐たちは両前足の肉球をもみもみともみ合わせる。

「なんだぁ、狐ども。そんなチンケなものをこの一目連様に売りつけようというのか? お伊勢様が天の岩戸にお隠れになったさい、八咫鏡を作ってお伊勢様を岩戸から出す手助けをしたのは、誰だと思っておる?」

「わかっております。こんこん。あの、乱暴狼藉須佐之男さまに怯えて岩戸にお隠れになってしまったお伊勢様。太陽であるかの尊き御柱様がお隠れになり、地上は闇で覆われたと伝え聞いております。こんこん。

それを救ったのが、一目連様がお造りになった八咫鏡。神々が騒がしく楽しんでいるのを怪しみ岩戸から顔を覗かせたお伊勢様は、八咫鏡に映るご自身の姿を自分より高貴な神だと思い込みびっくり仰天。こんこん。

慌てて岩戸から出たところを、天手力男様がぐいっと力ずくで岩戸からお出しになり、天には光が戻ったという……。こんこん。一目連様がいなければ、この卑しき狐どももお天道様を拝むことは出来ていないでしょう」

「なんとも、なんとも、偉大な御柱様だ。こんこん」

「その上、大きな一つ目が凛々しい麗しきお姿。なんとも、なんともご立派ご立派。こんこん」

「そおぉか。言うなぁ、この狐ども。それ、ポン菓子とやらはそんなに上手いのかぁ。試してみたいのぉ。油揚げも食おうかな」

 一目連の眼が、嬉しそうに光り輝く。その眼を見て、ナナシは妙に懐かしい思いに囚われた。

 あの一つ目を、自分はどこかで見た気がする。

 遠く、遠く、凄く昔に――。

 じぃっと一目連を見つめるナナシの手を、強く引くものがあった。びっくりして、ナナシは後方へと顔を向ける。

「しぃ……」

 口元に人差し指を宛てた百目が、ナナシの手を引っ張っていた。百目は驚くナナシを自分の背後へと引きずり込んでしまう。

「あの……」

「あの、色ボケジジィなぁ……。人間の子供が大好きぃなんだよぉ。気に入られたら、連れてがれちぃまう……」

「えっ……」

「だからぁ……しぃ、な。しぃ……」

 固まるナナシに顔を向け、百目は口元に指を充ててみせる。こくりとナナシは頷き、百目の背中にぴったりと体をくっつけた。

 そっと背中から前方を覗き見る。

 狐たちに囲まれた一目連は、鳥居をくぐり夜の市場へと向かっているところだった。

「おぉ、ポン菓子、上手いなぁ、これ上手いなぁ。多度大社に奉納してくれんか!!」

「でしょう、こんこん。いくらでも奉納致しますよぉ、こんこん」

「油揚げ、かりかりの油揚げも奉納いたしますよ。こんこん」

「ところでだなぁ、狐ども。ちょっと、人間の子供の匂いがだなぁ……」

「あぁ、それ私のせいですね! こんこん。昼間、人間たちの里に降りたからそのときに付いた匂いでしょう。こんこん」

 首を傾げる一目連の言葉に、狐の一匹が大声で答える。

「それより、ポン菓子もっとどうですかっ! こんこん!!」

「おぅ、追加か!? 嬉しいのぉ!!」

 ささっと狐に差し出されたポン菓子の袋を掴み、一目連は豪快に笑った。その笑い声が、遠ざかっていく。

 去っていく一目連を見て、ナナシはすっと胸が悲しさを帯びるのを感じていた。

 どうしてだろう。

あの、優しい一つ目をもっと見つめていたいと思ってしまった。

「よかったぁ……。もう、大丈夫だぁ。あとで狐どもの店に寄って、例でもしねぇとなぁ」

 ほっと百目が肩をおろし、ナナシの頭を撫でてくる。そんな百目にナナシは困ったような顔を向けることしかできない。

「どうしたぁ、ガキィ?」

 百目の一つ目が、曇る。その一つ目を見つめ返すことができなくて、ナナシは顔を逸らす。

 一目連の快活な笑いが、遠くから聞こえてくる。過ぎ去っていく笑い声を聞いて、ナナシは寂しさを覚えていた。

        

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